二宮清純: スポーツ庁の有識者会議が公立中学校の休日の運動部部活を、2023年度から3年かけて地域や民間に移行する提言案を公表して、ちょうど1年になります。背景には人口減少や教員の長時間労働の問題がありました。

 リーフラス株式会社は、全国39都道府県でサッカー、野球、バスケットボールなどのスクール事業を展開し、現在、小中学校の部活指導を26の自治体、累計で約1200校から受託しています。とりわけ2020年からスタートした名古屋市における小学校全校を対象とした部活動全般の支援事業は、全国から注目を集めています。

伊藤清隆: 名古屋市の場合は年間約14億円の予算を組み、およそ3万人の児童を、教員の手を一切借りることなく、私たちを含む市民の手で運営できる仕組みをつくり、もう3年になります。

 

二宮: 評価はいかがでしょう。

伊藤: 無記名式のアンケートを実施したところ、5段階評価で4.37をいただきました。すなわち多くの方が満足度の高い5か4をつけてくれたということです。名古屋市の例で言えば、5000人以上が登録している人材バンクの中から、我々が面接し、研修し、現場に送り出しています。研修では「子どもたちへの声掛け方法や指導メニューの考え方、子どもの安全管理、コンプライアンス」など細かい点も、きちんと指導しています。あと、3年間で大きな事故、事件が起きていないこと、部活動に取り組む児童数が増えたことも名古屋市より高い評価をいただいております。

 

二宮: 同時に現場のモニタリングも欠かさない、と聞きました。

伊藤: それについては、我が社の社員が定期的にチェックし、気がついたことを全て教育委員会や校長に報告しています。これらは本当に地道な作業ですが、事故や事件を起こさせないためには、誰かが目を光らせておく必要があります。

 また指導法については、常に最新の知見を取り入れ、私たちの考えを理解していないと判断した場合は再研修、もしくは交代してもらいます。それは兼職兼業の教員に対しても同じです。支援事業を受託した段階で先生方も、我々の雇用下に入ります。体罰などはもってのほか、乱暴な言葉使いも、もちろん禁止です。我々は監督責任を果たさなければなりませんから。

 

鈴木寛: スポーツの現場を見ていると、いろいろな面で児童・生徒たちのスポーツ権が侵害されているケースが散見されます。これは二宮さんにもお手伝いしていただき、我々は2011年に「スポーツ基本法」を成立させました。その中心を占めるのが「スポーツ権」で<スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利>と明記されています。体罰はもちろん禁止で、これはスポーツ権の侵害と見なされます。

 部活の今後のあり方に話を戻すと、少子化が加速度的に進んでいること、教員の働き方の問題などもあり、このままでは立ち行かなくなってしまう。部活において、これまで、ほぼ無料でいろんな競技・種目を子どもたちに提供してきたことは評価しつつも、今そうした環境は急速に失われつつある。

 たとえば私が、この3月まで参与をしていた東京都渋谷区には8校の公立中学校があるのですが、サッカー部で11人を超えている学校の方が少ないのが現実です。

 

 

二宮: 人口約23万人の渋谷がそうなら、他の地域は推して知るべしですね。

鈴木: フットサルしかできない(笑)。野球だって9人集めるのは大変です。そこで子どもたちのスポーツ権を保障するためにも、部活のあり方を見直そうという視点で、部活移行の話が本格化したわけですが、なかにはこうした流れに抵抗している教員もいる。重要なのは部活移行の進め方を巡って対立することではなく、スポーツ権回復のために、残されている地域資源を総動員すること。そのためにも、まずは市町村が中心となり、スポーツ振興計画をきちんとつくろうよと。残念ながら3割程度しかつくっていないのが実状です。

 

二宮: 鈴木さんは医療政策も立案されていますね。スポーツも参考になる点が大いにあると?

鈴木: そうだと思います。地域には公立病院や大学病院もあれば、民間のクリニックもある。別に主体は民でも官でも大学でもかまわない。それらを総動員することで、地域住民の医療ニーズに応えることが重要なんです。憲法25条は「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定している。それは医療にも、スポーツにも当てはまります。

 

 給特法の問題点

 

二宮: これは現場を取材していて感じることですが、部活移行に関し、「学校教育の一環」である部活に民間事業者が参入するのは好ましくない、という声がある。その際、彼らが根拠にするのが1961年に制定された旧法の「スポーツ振興法」の3条2項です。<スポーツの振興に関する施策は、営利のためのスポーツを振興するためのものではない>。しかし、これはあくまでも旧法です。新法は基本理念でスポーツは<学校、スポーツ団体、家庭及び地域における活動の相互の連携を図りながら推進されなければならない>(第2条2項)と謳っている。ここでは「営利」という言葉は削除されています。

伊藤: 実際、自治体から部活支援事業として正式に受託させていただいているのに、旧法を盾に「営利団体は公の施設を使ってはいけない」と言われたことが以前ありました。これは明らかにスポーツ基本法と矛盾していますよね。それが条例だと……。

 

鈴木: それについては「委託」の概念がわかっていないことに尽きます。実施者は、あくまでも「公」で、「民」は「公」と契約を結んだ受託者に過ぎないんです。仮に国や県からの公共事業を、ある建設会社が受託したとしましょう。ところが、いざ工事が始まると国や県の管理地に民間が入るのはダメだ、と言っているようなものです。別に民間の会社が勝手に入っているわけではない。受託者として当然の仕事をしているだけのことです。

二宮: 公共団体が議会の承認を経て決めたことが実行できない。民主国家では、あり得ないことですね。

 

鈴木: 公的契約手続きを経て決まったことを条例違反というのは理解できない。そこに携わっている人たちの法的リテラシーを疑います(笑)。

伊藤: たとえば名古屋市の場合、人口約231万人で261校の公立小学校がある。支援事業では2500人くらいの市民に働いていただいているのですが、年間予算はだいたい14億円。名古屋市ほどの巨大自治体であれば適正な額だと思います。

 

鈴木: これはあまり知られていない話ですが、今、教育界では給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)が議論になっています。残業代の不払いが約9000億円あるのですが、そのほとんどが部活指導です。部活のため土、日も出勤している教員がいる。文科省が定めた残業の上限は45時間以内なのですが、それも、ほとんど守られていない。もう完全に違法状態です。すなわち教員を部活から解放することは違法状態の解消にもつながる。

二宮: 9000億円ですか……。

 

鈴木: 国家財政から9000億円を捻出しろ、と言われても、それは無理です。たとえば、それを3000億円に減らしたとして、残りの6000億円分の仕事は民間や地域の人々に委ねなければならない。

伊藤: それだけの額があれば全国の部活動の地域移行は十分できますよ。財源の問題の大部分は片付きますね。

 

二宮: 給特法に関しては1971年に制定された法律で給料の月額4%が教職調整額として支給される代わりに、原則として時間外勤務手当や休日勤務手当は支給されない仕組みになっています。

 また長時間労働により、病気や自殺を招きかねないリスクが生じる基準として設けた「過労死ライン」についてですが、文科省が2016年に実施した調査では、実に小学校教員の33.4%、中学校教員の57.7%が、それを超えていることが明らかになりました。教員を過労死から救うためにも、部活移行を進めなくてはならない。

鈴木: 指導者に若い人が少ないのも問題ですね。実地で指導する上で、20代、30代、40代の人材は重要です。齢をとればモニタリングの側に回る、という考え方もあるでしょう。それから、いわゆる昭和世代の指導者にはリスキリングのチャンスを与える必要もあります。スポーツをサイエンスとして体系的に学んできた人たちの活躍の場を広げていかなくてはなりません。

 

伊藤: 今、私どもの会社は、従業員数が4000名を超えようとしています。学生・主婦(夫)・リタイヤされた方などを部活動指導者として採用するにあたり、いろいろな研修をしていますが、できれば一般企業に勤めている人々にも来てもらいたい。今後、多くの会社で副業が認められると、随分、スポーツの指導環境も変わっていくでしょう。週に1回か2回、夕方の2時間か3時間で十分です。そうやって地域、民間総がかりでスポーツを支えていく時代に入ったと思います。

二宮: 定年になったサラリーマンが、学生時代と会社員時代の友人や部下、上司としか付き合いがなく、ボランティアなどをしてこなかったため、地域の中で孤立する、という話をよく聞きます。週に1、2回でも子どもたちや地域住民と触れ合っていれば、そうした問題も起きないかもしれません。

鈴木: 今の岸田文雄政権は“異次元の少子化対策”を目玉政策に掲げているわけですが、これは部活移行の問題など、スポーツ振興にも関わってくる問題です。今後はスポーツの側も、そうした政策論議に積極的に関わっていくべきでしょうね。

 

 

鈴木寛(すずき・かん)プロフィール>

1964年、兵庫県出身。灘高、東京大学法学部卒業。通産官僚を経て慶應義塾大学助教授。2001年参議院議員初当選(東京都)。民主党政権では文部科学副大臣を2期務め、自由民主党政権となってからも文部科学省参与、文部科学大臣補佐官4期に就くなど、教育、医療、スポーツ・文化を中心に活動。超党派スポーツ振興議連幹事長、東京オリンピック・パラリンピック招致議員連盟事務局長、ラグビーW杯2019日本大会成功議員連盟副会長。超党派文化芸術振興議員連盟幹事長、公益財団法人日本サッカー協会理事などを務める。現在は東京大学教授、大阪大学招聘教授、電気通信大学客員教授、福井大学客員教授。公益財団法人日本サッカー協会参与。著書は『熟議のススメ』(講談社)ほか多数。

 

伊藤清隆(いとう・きよたか)プロフィール>

1963年、愛知県出身。琉球大学教育学部卒。2001年、スポーツ&ソーシャルビジネスにより、社会課題の永続的解決を目指すリーフラス株式会社を設立し、代表取締役に就任(現職)。創業時より、スポーツ指導にありがちな体罰や暴言、非科学的指導など、所謂「スポーツ根性主義」を否定。非認知能力の向上をはかる「認めて、褒めて、励まし、勇気づける」指導と部活動改革の重要性を提唱。子ども向けスポーツスクール会員数と部活動支援事業受託数(累計)は、国内No.1(※1)の実績を誇る(2022年12月現在)。社外活動として、スポーツ産業推進協議会代表者、経済産業省 地域×スポーツクラブ産業研究会委員、日本民間教育協議会賛助会員、教育立国推進協議会発起人、一般社団法人日本経済団体連合会 教育・大学改革推進委員ほか。

 

二宮清純(にのみや・せいじゅん)プロフィール>

1960年、愛媛県出身。明治大学大学院博士前期課程修了。同後期課程単位取得。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。経済産業省「地域×スポーツクラブ産業研究会」委員。認定NPO法人健康都市活動支援機構理事。『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)『勝者の思考法』(PHP新書)『プロ野球“衝撃の昭和史”』(文春新書)『変われない組織は亡びる』(河野太郎議員との共著・祥伝社新書)『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治氏との共著・廣済堂出版)など著書多数。

 

※1
*スポーツスクール 会員数 国内No.1
・スポーツ施設を保有しない子ども向けスポーツスクール企業売上高上位3社の会員数で比較
・会員数の定義として、会員が同種目・異種目に関わらず、複数のスクールに通う場合はスクール数と同数とする。
*部活動支援受託校数(累計) 国内No.1
・部活動支援を行っている企業売上高上位2社において、の部活動支援を開始してからこれまでの累計受託校数で比較
・年度が変わって契約を更新した場合は、同校でも年度ごとに1校とする。
株式会社 東京商工リサーチ調べ(2022年12月時点)


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