第2回 「スポーツ二流国から一流国へ」ゲスト川淵三郎氏
二宮清純: リーフラス株式会社は、全国39都道府県でサッカー、野球、バスケットボールなど約6万名の子どもたちが参加するスクール事業を展開しています。昨年6月、スポーツ庁の有識者会議が公立中学校の休日の運動部部活を、2023年度から3年かけて地域や民間に移行する提言案を公表しました。背景には人口減少や教員の長時間労働の問題がありました。リーフラスはそれ以前から部活の地域移行に尽力し、指導員派遣を含めた部活動全般の支援事業も手掛けています。2023年6月現在、小中学校の部活指導を30の自治体、累計で約1200校から受託しています。
伊藤清隆: 2020年度からスタートした名古屋市の小学校の部活指導では、全261校を任せていただいています。
川淵三郎: 全校とはすごい! 御社の企業理念を拝見しましたが、『スポーツを変え、デザインする。』というのは、面白いですね。“変える”“デザインする”、そのことを詳しくお聞きしたいと思っていました。
伊藤: 光栄です。まずは部活動をスポーツに戻す。それが我々のミッションです。いつかは47都道府県の全ての部活動支援を行ってみたい。
川淵: 僕は御社の企業理念には、今のスポーツの在り方そのものを根本から変える、スポーツ嫌いな人を好きにさせるという思いが詰まっているのかなと想像していました。新しいスポーツをデザインし、人々に体を動かすことの大切さ、面白さ、楽しさを伝えるんだと……。
伊藤: おっしゃる通りです。弊社はスポーツスクール事業も手掛けていますが、上手な子どもを集めてチームを強くすることに重きを置いてはいません。誰でもできる、障がいを持ったお子さんでも参加できるように工夫しているんです。スパルタ指導で選手を育てるようないわゆる“スポ根”は否定し、認めて、褒めて、励まして、勇気づけることを奨励しています。こうした我々の考えが全国に広がっていけばうれしいですね。
川淵: それはまさしく僕が望んでいるもの。Jリーグをつくった時、多くのメディアの人たちに「日本のサッカーを世界に広げるため、W杯に出場するためにつくるんですね」と聞かれました。もちろんそれもあるんだけど、「老若男女誰もがスポーツをエンジョイできるような国にしたい」との思いの方が強かった。ただ、当時はそのことを話しても、リーグのアピールにつながらない。それに、当時は“スポーツ文化を創造する”と言っても誰も相手にしてくれなかった。だから日本サッカーを強くしたい、という点にフォーカスしたんです。
二宮: Jリーグ誕生を機に日本代表は強くなり、1998年フランス大会から7大会連続でW杯出場を果たしています。強化面では素晴らしい成果を得られましたが、スポーツによる幸せな国づくりは、まだ道半ばだと……。
川淵: そうですね。Jリーグの開幕から30年が経ち、ようやく国内におけるスポーツの価値が上がってきたと感じています。もう「老若男女誰もがスポーツをエンジョイできるような国にしたい」と言ってもいいかな、と思えるようになってきましたね。草の根の人たちがスポーツを楽しむ土壌があって、初めてスポーツ先進国と呼べる。今はまだ道半ば。Jリーグ誕生前、僕は「日本はスポーツ三流国だ」と言いましたが、今は二流国ぐらいには成長したと思っています。
二宮: Jリーグ30周年を迎えるにあたり、川淵さんは「W杯で優勝することだけが目的ではない。それよりも日本にスポーツが文化として根付き、振興することの方が大事なんだ」と語気を強めました。では二流国から一流国へ進むためのステップとは?
川淵: 日本にあるスポーツ施設は小学校・中学校・高校・大学のものを含め、数だけで言えば、十分に足りています。しかし、その中身を見てみると、全ての公共施設が民間に開放されているわけではない。誰でも気軽にスポーツをエンジョイできる場所を、日本中につくらないといけません。
伊藤: 学校体育施設の利用については、文部科学省から民間利用が可能であるガイドラインが公表されています。しかし、川淵さんがおっしゃるように、まだ誰もが使える状況にはなっていないのが実状です。
川淵: 一番の問題は何かというと、管理・監督している事業者が「壊れたらどうする?」「窓ガラスが割れたらどうする?」とネガティブな思考を持ち、人によっては“勝手に使うな”とさえ思っていること。それこそが諸悪の根源だと思いますよ。
二宮: そこがスポーツ一流国との大きな違いだと?
川淵: 1994年、サッカーのアメリカW杯が開催された時、僕はシカゴで行われたオープニングセレモニーに出席しました。会場はシカゴ博物館。見渡すと名品がいっぱい置いてあるんですよ。関係者に「万が一、壊れたりしたらどうするんですか?」と聞くと、「直せばいいんだよ」の一言で終わりです。日本では博物館や美術館でパーティーをやろうという発想にはならない。展示物が汚れたり、壊れたりするリスクばかりを口にするでしょう。文化的な場を有効活用することが多くの人の気持ちを豊かにするという考えに行きつかないんです。それが一番日本人に足りないところだと思います。
二宮: 2002年サッカー日韓W杯でのことです。欧米からジャーナリストが数多く日本にもやって来ました。飛行機で移動すると、上空からベアグラウンドばかり見える。なぜ、日本には芝のグラウンドが少ないのかと。そう聞かれ、返答に窮したことを覚えています。
伊藤: 2011年にスポーツ基本法が成立して以降、スポーツ振興のために公共の場を使おうという考えは少しずつ浸透しつつあると思います。ただ施設の管理者の意向で使用できない場合もまだ多く、判断にバラつきがあるのが実状です。
川淵: 学校で言えば校長先生の意向が大きいんでしょうね。僕はスポーツの普及のため、校庭の芝生化を進めてきましたが、迷惑そうな顔をしていた校長先生もいましたよ。残念ながら“(芝生化が)いいのはわかるけど、手間がかかりそうだし、何かと面倒だ”と考えているんでしょうね。
“楽しい”が一番大事
二宮: 私が知っている校長の中には「虫がきたらどうするんだ」と言う人もいました(笑)。
川淵: そうそう。虫や鳥が飛んでくることは、子どもたちにとって生き物と触れ合う貴重な機会でしょう。全く悪いことじゃない。芝生を敷いた学校の先生からは「休み時間には子どもたちが裸足で外に出ていく。今まではそんなことなかった」と驚かれたことがあります。また、ある先生は「授業をしている時に何気なく校庭を見ると、目に入る緑に癒される」と語っていた。そうしたポジティブな影響を及ぼすことを、もっと知ってもらわなければいけません。
二宮: ところで川淵さんは日本芝生文大賞の第1回(2008年)受賞者です。15年前の受賞コメントで「子どもたちの体力不足や筋力の低下が問題になっていますが、サッカー界が芝生化を推進するのは、多くの子どもたちに外遊びできる芝生の広場を提供し、心身ともに健やかに育ってほしいから。そういう環境があってはじめて日本のスポーツが世界に伍していけるのです」とおっしゃっています。
川淵: 芝生の緑化に貢献している自負はあります。直接的、間接的に関わったものも含めれば学校だけで約1300校。現在、2000校以上の小学校が校庭を芝生にしたと聞いています。
二宮: サッカーであれ、ラグビーであれ、土のグラウンドではスポーツの魅力が半減します。
伊藤: 私もそう思います。裸足で芝生の上を歩くと気持ちがいいんですよね。子どもの体にも良いと言われています。
川淵: 芝生の管理が大変だという意見もあるけど、水やりと芝刈りを地域のシニアの人に手伝ってもらえば、シニアと子どもたちとの交流だって生まれる。結果としてコミュニティの一体化にもつながるわけですから、いいことばかりですよ。
伊藤: 我々が行っている名古屋市の部活支援事業でも、地域のシニアの方が指導者として関わっています。学生と組んで子どもたちを教えることで、世代間交流が生まれる。そこは大きな利点だと考えています。
川淵: ぜひ名古屋でも校庭の緑化に挑戦してください。サッカー界もサポートしますから。
伊藤: ありがとうございます。心強い限りです。そうした環境づくりを今後はどんどん進めていきたいと思っています。
二宮: スポーツ振興のためには、ハード面の整備だけでなく、ソフトでの環境整備も必要です。
川淵: 私は楽しむことが大前提だと思います。スポーツをやっていて面白くなさそうにしている子どもがいるのは大問題。大人は“子どもたちを楽しませるにはどうしたらいいだろう”と考えなくちゃ。指導者や周りの大人が“あれをやらせないとダメだ”とか“これをやらなければ試合では使えない”と考えてしまうのが日本のスポーツの悪いところ。大事なのは練習よりも試合です。下手でも試合が一番楽しい。それを子どもたちに体験させていないのは罪に等しい。
二宮: 今は少子化でそうしたことは少なくなってきているかもしれませんが、野球部などで外から声だけ出して試合には全く出られないという子も、かつてはかなりいました。
伊藤: 一般的なスポーツチームでは、補欠が存在しますよね。我々のスポーツスクールは全員がレギュラーで、全員に出場機会を与えるようルールで決めています。
川淵: それは素晴らしい。起用法をルール化していることが重要で、そうでなければ大人には“勝ちたいから下手な子は出さないでおこう”という気持ちがどうしても働いてしまう。
二宮: 「あの子を出したから負けた」と文句を言う保護者もいると聞きます。
伊藤: リーフラスが開催する試合においては、全員必ず試合に出すというルールを設けています。もちろんそのルールを保護者にもきちんと説明し、理解してもらうことにも努めています。
川淵: アメリカのリトルリーグでは、数がはじめから制限されているところもあると聞きます。メンバーを必ず試合に出す前提でチームづくりをする。それを保護者も容認している。やはりスポーツ先進国と言われるだけのことはありますね。最近はスポーツが前頭葉を刺激し、記憶力が良くなったり、ストレス解消にもつながったりすることが医学的に証明されてきています。
二宮: 今話題の生成AI。活用するにあたってのルールづくりが大切なことは言うまでもありません。いずれにしろ、生成AIの普及に伴い可処分的時間が増えることは間違いない。必然的にスポーツの価値が見直されることになるでしょう。
伊藤: 私もそう思います。加えて言えば、スポーツが非認知能力を養成するのに一番適したツールだと確信しています。スポーツを通じて物事をやりぬく力、リーダーシップ、協調性が身に付きます。リーフラスでは、それら非認知能力を測定するシステム「みらぼ」を開発し、可視化に成功しました。
川淵: それはいいですね。どんどん広めていってもらいたい。テクロノジーの進化で、人間の仕事は減っていきます。その一方で余暇の時間が増える。その余暇の過ごし方としてスポーツをエンジョイする人が増えていくはずです。既存のスポーツだけではなく、例えば運動神経が良くない人、運動が嫌いな人でも楽しめるスポーツをどう生み出していくか。それがこれからのカギを握るでしょう。
<川淵三郎(かわぶち・さぶろう)プロフィール>
1936年、大阪府出身。高校時代からサッカーを始め、早稲田大学、古河電工で選手として活躍。64年に出場した東京五輪をはじめ日本代表通算68試合に出場し、18得点を挙げた。70年に現役を引退し、以後、古河電工コーチ、同監督、日本代表監督を務めた。91年3月、日本サッカー協会プロリーグ設立準備室長、同年11月チェアマンに就任し93年5月開幕のJリーグ設立に奔走した。2015年には男子バスケットボールプロリーグ設立に尽力。初代B.LEAGUEチェアマンに就任。日本バスケットボール協会(JBA)会長も兼任した。現在は日本トップリーグ連携機構会長のほか、JBAスペシャルアドバイザー、プロサイクルロードレースリーグのジャパンサイクルリーグ名誉顧問、麻雀のプロリーグであるMリーグ機構最高顧問などを務める。新刊『キャプテン! 日本のスポーツ界を変えた男の全仕事』(ベースボール・マガジン社)が発売中。
<伊藤清隆(いとう・きよたか)プロフィール>
1963年、愛知県出身。琉球大学教育学部卒。2001年、スポーツ&ソーシャルビジネスにより、社会課題の永続的解決を目指すリーフラス株式会社を設立し、代表取締役に就任(現職)。創業時より、スポーツ指導にありがちな体罰や暴言、非科学的指導など、所謂「スポーツ根性主義」を否定。非認知能力の向上をはかる「認めて、褒めて、励まし、勇気づける」指導と部活動改革の重要性を提唱。子ども向けスポーツスクール会員数と部活動支援事業受託数(累計)は、国内No.1(※1)の実績を誇る(2022年12月現在)。社外活動として、スポーツ産業推進協議会代表者、経済産業省 地域×スポーツクラブ産業研究会委員、日本民間教育協議会正会員、教育立国推進協議会発起人、一般社団法人日本経済団体連合会 教育・大学改革推進委員ほか。
<二宮清純(にのみや・せいじゅん)プロフィール>
1960年、愛媛県出身。明治大学大学院博士前期課程修了。同後期課程単位取得。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。経済産業省「地域×スポーツクラブ産業研究会」委員。認定NPO法人健康都市活動支援機構理事。『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)『勝者の思考法』(PHP新書)『プロ野球“衝撃の昭和史”』(文春新書)『変われない組織は亡びる』(河野太郎議員との共著・祥伝社新書)『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治氏との共著・廣済堂出版)など著書多数。
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*スポーツスクール 会員数 国内No.1
・スポーツ施設を保有しない子ども向けスポーツスクール企業売上高上位3社の会員数で比較
・会員数の定義として、会員が同種目・異種目に関わらず、複数のスクールに通う場合はスクール数と同数とする。
*部活動支援受託校数(累計) 国内No.1
・部活動支援を行っている企業売上高上位2社において、の部活動支援を開始してからこれまでの累計受託校数で比較
・年度が変わって契約を更新した場合は、同校でも年度ごとに1校とする。
株式会社 東京商工リサーチ調べ(2022年12月時点)