少なくとも私が30代、40代の頃、「線状降水帯」なる気象用語を耳にしたことは一度もない。地球温暖化の進行が因をなしているのだろうか。

 

 そもそも「線状降水帯」とは何か。<次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなし数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される長さ50~300㌔程度、幅20~50㌔程度の線状に伸びる強い降水域>(気象庁HP)

 

 では、この気象用語、いつ頃からニュースに登場するようになったのか。調べたところ災害関連死を含め77人が亡くなった2014年8月の広島土砂災害あたりからだということがわかった。数時間にわたって停滞するため、降水域に土砂災害や河川氾濫などを引き起こすのが特徴で、毎年のように各地に甚大な被害をもたらしている。

 

 それでなくても日本は災害大国だ。たとえば地震。総務省統計局の調査によると、日本の国土面積は世界の、わずか0.29%。にもかかわらず、世界で発生したマグニチュード6以上の地震の、実に18.5%が、列島とその周辺で起きている。

 

 さて、ここからが本題。この国は「未来投資戦略2017」の一環として、25年までに国内20カ所でスタジアム、アリーナを建設することを目標に掲げた。「コストセンターからプロフィットセンターへ」などと言ったりもしているが、もう少し防災や減災、あるいは避難所としての活用への言及があってもいいのではないか。

 

 4年前のラグビーW杯。日本が史上初のベスト8進出をかけたスコットランド戦は、台風19号の直撃により開催が危ぶまれた。それを杞憂に終わらせたのが日産スタジアムの遊水地機能だった。スタジアムは“高床式”の構造になっており、堤防を越えた鶴見川の水を収容した。スタジアムは減災機能を果たすとともに試合の開催をも可能にしたのである。

 

 このようにハード面では防災、減災への対応が進む一方で、ソフト面はどうにも心もとない。大勢の被災者や避難者が体育館の床に毛布を敷き、雑魚寝している姿をテレビなどでよく目にするが、海外の避難所事情に詳しい大前治弁護士によると<これを当然視してはいけない>(現代ビジネス23年5月18日配信)のだという。<劣悪な避難所生活が、避難者の生命と健康を削っているのである>(同)と手厳しい。

 

 スタジアムやアリーナの建設を巡っては、「そんなカネがあるなら福祉に回せ」「ホワイトエレファント(無用の長物)になる」といった声を各地で、よく耳にする。建設計画に比べて運用計画が緻密さに欠けるのはその通りで、吟味が必要なところは、たくさんある。スポーツの経済効果ばかりを声高に主張するのではなく、避難所としての活用についても、もっと丁寧に説明すべきだろう。「天災は忘れた頃にやってくる」とは俳人で物理学者の寺田寅彦の言葉だが、今は時を置かずにやってくる。

 

<この原稿は23年7月5日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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