「自然災害がない限り、2010年W杯は絶対に南アフリカで開催する。これが最終的な見解だ」。8日、FIFAのゼップ・ブラッター会長はそう明言した。そこまで言い切って大丈夫なのか。


 1週間前、ブラッターは英BBCのインタビュアーの「不測の事態が起こった場合、イングランド、あるいはオーストラリアでの代替開催ということは考えられるのか?」との質問にこう答えている。「それは考えている。イングランドやオーストラリアの他にも明日の朝、もしくは2日間、もしくは2ヶ月でW杯開催の準備ができる国がいくつか存在する。米国もメキシコも日本も十分なスタジアム施設を備えている。スペインもできるだろう」

 これを聞けばメディアが「南ア開催に黄信号」と騒ぐのも無理はない。FIFAのトップがこの時期、代替開催地について言及するのは異例中の異例だからだ。
 過去にもW杯開催権返上の例はある。「マラドーナのマラドーナによるマラドーナのための大会」と呼ばれる86年メキシコ大会はコロンビアの返上を受けて開催されたものだ。参加国が増加したことで財政的負担に耐えきれなくなったことが返上の表向きの理由だが、裏では麻薬カルテルが巨額な資金にモノを言わせてサッカー界を蹂躙し、賭博に絡む殺人事件も頻発していた。急成長の麻薬カルテルは行政当局や司法当局にとってもアンタッチャブルな存在であり、仮にW杯が開催されても安全面を確保できる見込みは皆無だった。

「南アフリカの内情はあの時のコロンビアを想起させる」。2010年開催国を決める投票で南アフリカではなくモロッコに投票した理事の中にはそう口にする者もいるという。殺人や強盗など凶悪犯罪の多発、人口の10%を超えるエイズ感染者、遅れるスタジアム建設、交通網の未整備……。コロンビアのケースとリスクの質は異なるが「史上、最も危険なW杯」であることにかわりはない。

 退路を断ったことでもし南アがギブアップを表明した場合、ブラッターはその全ての責任を負わなければならない。権謀術数に長けた稀代のフットボール・ポリティシャンが万一の事態に備えて南アに代わるカードを考えていないとは思えない。だが、今はまだ検討の時期ではないということなのだろう。私はそう解釈している。

<この原稿は07年5月9日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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