ハンカチ王子が神宮で2勝目を挙げた日曜日、東京から遠く離れた石川県立野球場で現役医学生がプロ初登板を果たした。
 選手の名前は高田泰史(22)。日本で初の医学生プロ。さる4月28日、スタートしたばかりの日本で2番目のプロ野球独立リーグ「北信越BCリーグ」石川ミリオンスターズの投手である。高田は新潟アルビレックスBC相手に先発し、負け投手となったものの、1、2回を無失点で切り抜けた。4回に制球を乱し、4点目を失ったところでマウンドを降りた。金森栄治監督に「気にするな。クリーンヒットは1本じゃないか。打たれたわけじゃないんだ。この失敗を次に生かせ」と励まされた。

 石川県有数の進学校・金沢泉丘時代には3年夏、県大会でベスト8に進出した。1年後輩に遊学館のエース小嶋達也(現阪神)がいた。練習試合で2、3度対戦した。「向こうは覚えてないでしょうけど……」

 現役で金沢大学医学部に合格した。現在4年生。トライアウトに合格した時点で休学を決意した。「医学科は12年で卒業すればいいんです」。しばらくの間は野球に専念するつもりだ。

 将来的には整形外科医を目指している。「高校時代、3度骨折しているんです。肩も傷めた。スポーツ選手の役に立ちたくて」。一応、訊いてみた。「もしBCリーグでの活躍が認められてNPBにドラフト指名されたら?」。「うーん、そんなことはないでしょうけど……」。しばらく間を置いて答えた。「その時になってみたら考えますよ。これまでもその場、その場で考えて行動してきましたから」

 もう一つ、訊きたいことがあった。「ご両親は反対しなかったの?」。今度は間髪入れずに言葉が返ってきた。「父親は“好きなようにやれ。見守っていてやるから”って」。登板の日も両親は応援に訪れた。負け投手になった息子に笑顔でこう告げた。「実力どおりやな」

 初任給は15万円。明細を見て「これで働いているんだな」とプロになったことを実感した。自らに約束していることがある。「シーズン中は医学の勉強はしない」。どこまで強くなれるか、どこまで巧くなれるか。金森監督は「医学部を休学してまで野球に賭けている。野球への強い意気込みを感じる」と期待を寄せる。課題は制球力。カルテには初勝利への処方箋が書かれているに違いない。

<この原稿は07年5月2日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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