被災地支援と聞くと何を思い浮かべるだろう。

 地震や津波で壊された街、途方に暮れる人々。「何かできることはないか。」と立ち上がる人も近年増えてきたように思う。人的支援、物資の支援などを、すぐにアクションできるようになったのは、ネットによる情報拡散や、集約がしやすくなったことも大きいだろう。しかし、ネット事業者で、日本を代表するIT企業Yahoo! Japan社長からのお願いは意外だった。

 

「震災復興のサイクリングイベントをやるから手伝ってほしい」

 そんな連絡が来たのは、まだ現地のがれきがようやく片付き始めた震災翌年だった。道の復旧も終わってない地域でサイクリングイベントとは……!? 正直なところ、「それは今じゃないのでは?」と思ったが、彼らの熱意にどんどん巻き込まれ、大会を手伝う立場になっていった。

 

「ツール・ド・東北」として1回目を迎えたのは2013年11月。

「我々が、被災地の皆さんに元気を届けるんだ!」と言ってみたものの、正直、この状況で自転車に乗りに来ていることが、どのように思われるのか不安だった。

 がれき集積所や、仮設住宅が沢山できていた石巻をスタートした我々は、海岸線を北上していく。早朝の海はあまりに美しく、この海が狂暴化し、街を飲み込んでいったのが噓のよう。あちこちに残るがれきとのギャップに複雑な思いだった。そんな、なんとも言えない感情を抱えながら、ある仮設住宅前を通過した。

 

 すると、朝にも関わらず中から大勢の人が出てきて、鍋を叩きながら大声で叫んでいる。「こんな時に物見遊山で遊びにきやがって!」と怒られるのかと思ったら、どうやら「頑張れ~」と応援してくれているようだ。なかには「来てくれてありがとう!」と言ってくれる方もいた。予想外の反応に、我々も足を止め、皆さんと少しお話しすることに。

「震災直後は多くの方が来てくれたが、1年も経つと人は来なくなった。でも我々は生きている。そしてまだまだ復興までの道のりは長い。だから元気な人たちが沢山来てくれることは本当に嬉しい」と心から我々が来たことを喜んでくれているのが伝わってきた。「来てれてありがとう! そしてぜひ現状を見ていってね」という声もあった。東京にいると記憶が風化し始めて気付かないが、現場ではまだまだ復興の途上、いや道のりは始まったばかりだったのだ。

 

 なぜ、ここでやるのか

 

 その後も、あちこちで応援してもらい、エイドステーションでは美味しい食べ物をいただきながら、様々な話を聞くことができた。こうなるとただのサイクリングじゃない。僕たちはこの街々を感じるために走り、伝えていく責務があるんだと気付かされた。そして応援するつもりで来た我々が、逆に応援されている不思議な感覚。これまでのサイクリングイベントとは異なる温かいものが、胸の奥に残された。

 

 これは、イベント参加者の多くが感じていたようで、翌年から参加希望者はさらに倍増した。そして、我々もイベント実施にもう悩むこともなく年々、街の変化を感じて走るのが楽しみになっていった。

 なぜ、ここでサイクリングをやるのか、最初に発案したYahoo!の思いを多くの方が理解したのではないだろうか。

 

 実はこのイベント立ち上げ時に、「10年間開催します!」という宣言がYahoo!からあった。

 関係者の熱い思いが1回目の成功に結び付いたのは言うまでもないが、これを続けていくにはまた別のエネルギーが必要。片道100kmのコースを設けるサイクリングイベントには、やるべきことが山ほどある。これはあまり知られていないのだが、このイベントを中心になって進めているのは、イベント会社ではなく、Yahoo!の社員たち。それから9年間の彼ら、彼女らの苦労は想像に堪えない。

 

 コロナ禍を経て、10年目の今年は久しぶりのフルスペック開催。素晴らしい天候の下、走る参加者はもちろん、地元の皆さんも、そしてなにより運営の皆さんの晴れやかな顔が印象的。ここまでの積み重ねが感じられ、10年の集大成に相応しい大会となった。

 

 来年以降は、Yahoo!が主催者から退き、一般社団法人ツール・ド・東北と株式会社河北新報社主催のイベントに切り替わる。大きなエンジンを失うことでイベントとしてはかなり大変になることは間違いない。それでも河北新報社が継続してくれることに敬意を表したいし、ぜひ応援したい。個人的にはこれまでの開催形式にこだわることなく、新たな「ツール・ド・東北」を作ればいいのではないかと思う。

 そんなことも含めて、来年もあの温かいイベントを走るのが今から楽しみだ。

 

【参考】ツール・ド・東北 ダイジェストムービー

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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