スポーツにおけるドーピングは試合の公正性を阻害するだけでなく、選手に重大な健康被害をもたらす。どちらも深刻だが、廃人に至るケースもある後者は取り返しがつかないだけに、より深刻だと言えよう。

 

 さる1月29日、スポーツ仲裁裁判所(CAS)はロシアのフィギュアスケート選手カミラ・ワリエワに21年12月25日から4年間の資格停止と、同日以降に出場した大会の失格処分を科した。これを受け、国際スケート連盟(ISU)は22年北京冬季五輪フィギュアスケート団体戦の順位を決定した。暫定2位の米国が1位に、同3位の日本が2位に繰り上がった。正当な評価を得るのに、2年も待たなければならなかった選手たちには深く同情する。メダルの格がひとつ上がったからよかったというものではあるまい。

 

 2年前、北京で起きたことを改めて振り返っておきたい。2月7日の団体・シングルフリーでワリエワは女子選手として五輪で初めて4回転ジャンプに成功し、団体戦金メダルの立役者となった。ところがメダル授与式は何の前触れもなく中止となった。この時点で英メディアの「インサイド・ザ・ゲームズ」などが疑惑を報じていた。

 

 事の発端は21年12月に出場したロシア選手権。ロシア反ドーピング機関(RUSADA)はワリエワの検体を採取し、ストックホルムの検査機関に移送した。RUSADAに「陽性」との報告が上がったのは、よりによって団体戦翌日の2月8日。なぜ前倒しできなかったのか。検査に6週間もかかった理由として「コロナ禍による人員不足」を指摘する者もいたが、説得力に欠けた。

 

 そもそも、このRUSADAという組織、過去の行状からして多分に怪しい。15年に公表されたWADAの報告書には、次のような記述がある。<RUSADAは選手に検査予定を事前に通知し、検査を受けなかった場合については報告せず、反ドーピング担当官や家族に圧力をかけ、検査逃れを隠すために賄賂を受け取っていたことが分かった>。さながらマフィアの手口である。

 

 ロシア選手権で採取された検体からは、禁止薬物成分のトリメタジンの他、2つの心臓病の薬物成分が検出された。計3種類の禁止薬物をカクテルのように調合することで効果の最大化を狙ったのだろう。五輪出場経験のある男子フィギュアスケート選手は「それらの薬は血流を促し、持久力が上がる。必要な練習量を確保でき、ケガの回復も早くなる。確信犯ですね」と語っていた。

 

 薬の選択ひとつとってみても、15歳(当時)の“単独犯”とするのには無理がある。嘘の上塗りとはこのことで代理人の「心臓病の祖父の薬を誤飲した」との弁明には呆れ果てた。細身の少女の背中に、誰が隠れているのか。真相は依然として闇の中だ。

 

<この原稿は24年2月7日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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