「俺投げるから」
「人数少ないですもんね。暑いし。ひとりじゃ9回はもたないですもんね」
8月11日の練習試合。この日は大塚監督が不在。ピッチャーがひとりしかいないとは言っても、まさか安藤コーチが投げることはないだろう。うまく使えば、内野手でピッチャーができる選手がいるのです。
(写真:ナイスピッチング!) アップを終えた選手達に合流して、コーチがピッチャーの小川とキャッチボールをはじめました。
「先発俺やぞ」
笑ってごまかしてみました。「スタメン決めましょうよ」
キャッチボールを終え、日陰が全くないスタンドを降りたところにある木陰で1番から9番までのスタメンを決めました。
「それにしても暑いなぁ。何回まで体もつかなぁ」
「何言ってるんですかぁ」と言うのを聞いたか聞かないか、一面芝生の木陰でコーチが大の字に寝転がります。ウトウトしている姿があまりに気持ち良さそうだったので、真似をして同じように大の字になりました。
「先発ピッチャーが試合前に寝ないもんなぁ。本当に今日は誰が投げるんだろう。内野手を使ったら代わりにあの選手を入れてかなぁ……」。思い巡らせながらも、気持ちいい風が吹いてウトウトしてきます。でもそろそろメンバー交換をしなければ行けない時間。
「先発はどうしますか?」
ピクリとも動かなかったコーチがムクっと起き上がり、メンバー表にササッと先発を書きました。
「これで持って行け」
そこには、『P 安藤』
本気だったか……。
試合前、スタメン発表の最後に
「先発、俺。ミスしたら許さんからな。あと、負けたら絶対に俺が先発したって大塚監督には言うな」
選手全員、固まりました。守備でミスをしたら、今日は絶対にまずい。
1回表に2番倉持のホームランで1点を先制し、1回裏の守備。投球練習をするコーチの姿を見て、試合前の会話がよぎります。
「本格的に投げるのっていつ以来ですか?」
「そうやなぁ……18年ぶりくらいちゃう? 高校のときやもん」
妙にそわそわしながら1番バッターとの勝負が始まります。
ワンボールワンストライクから、レフト前ヒット。いつものように選手が打たれるのとは違って、ただのシングルヒットですら心配になってきてしまいます。
しかし、そのあと後続を3人で押さえ、バックの守備もノーミスで1回表を終わりました。
2回、3回と投げ終わったところで1対0。コーナーに丁寧に投げ分けるピッチングで、完封ペースです。「投げてみると肩の調子ええな」。コーチはとても楽しそう。そして、まだまだ大丈夫そうです。
4回も無失点。「ちょっと肩が張ってきたな。小川、いつでもいけるようにしとけよ」
2番手の小川は3回から投球練習を始めています。
5回。先頭打者をフォアボールで出すと、「球が外角に流れてきてるよ」「投げるところないよ」と相手のヤジが飛びます。
そのヤジのあとのバッターの1球目。強振しても、かすりもせずにキャッチャーミットにおさまった「なめんな」と言わんばかりのキレのあるストレート。この回も無失点に抑え、「もうアカン。投げすぎて鳥肌立ってきた」とのことで小川に交代。5回、70球、被安打1、失点0。十分すぎる内容でした。
コーチの力投のあと、逆転されるわけにはいかない。何度も得点圏にランナーを進めますが、ホームは踏ませませんでした。
初回の1点を守りきり、チーム初の完封勝利。得点圏にランナーを置きながら追加点を取れなかったことなど課題は残りますが、猛暑の中とは思えない集中力をずっと保てたことは、とてもよかったと思います。いい試合でした。
その集中の源はやはりコーチの力投。そしてミスをしたあと受ける仕打ちへの恐怖が少し。
「監督にはなんて報告しましょうか?」
「俺が先発したって言え」
監督も喜んでくれました。
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広瀬明佳(ひろせ・さやか)福島県郡山市出身。母がソフトボール、兄が野球をやっていたことから中学・高校時代ソフトボール部に所属。大学時代軟式野球サークル。前職での仕事をきっかけに初めて硬式野球の道へ。現在、埼玉県内の硬式野球クラブチームに所属。チームの紅一点として奮闘中!
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