レアケースの「交代ゼロ」。サンフレッチェ指揮官の意図とは
コロナ禍による緊急措置から始まって、すっかり定着したのが5人交代制である。増えた枠を有効に使いながらプレー強度を下げないまま90分を乗り切ることが可能となったことで、交代「ゼロ」という試合はJリーグでもなかなかお目にかかれなくなった。
サンフレッチェ広島のドイツ人指揮官ミヒャエル・スキッベは3月2日、味の素スタジアムでのFC東京戦において一枚も交代カードを使わなかった。J1は開幕から第2節まで終えて、全20試合のうちFC町田ゼルビアが同日の名古屋グランパス戦で使った2人交代が今回のサンフレッチェを除いて最も少ない。5人、4人交代が主流だけに、余計に目立つ形となった。
サンフレッチェ側から見れば、1-1の後半途中から入ってきたFC東京のジャジャ・シルバ、俵積田晃太のドリブルに手を焼き、あわやPK(VARの結果、ペナ外の直接FKに)というピンチを招きながらも何とか同点でしのぎ切ったというゲーム。離脱中のマルコス・ジュニオールに加え、開幕戦に出場したドウグラス・ヴィエイラもこの日は不在であったが、交代枠を使いつつ押し返そうとする手もあったはずである。
試合後の会見において、スキッベ監督はこのように話している。
「終盤、自分たちがチャンスを迎えた次にはFC東京がチャンスを迎えるといったような、結果がどっちに転んでもおかしくない試合内容だった。そういった観点からも非常に面白い試合だったのではないかと思います。
(交代カードを切らなかったのは)今回スタートで出たメンバーのパフォーマンスに非常に満足していたことがまず挙げられます。70分過ぎぐらいから少しパワーが落ちてきたというところは否めないんですけれども、それでも交代する意味はなかったかなと感じています」
一方的に劣勢に立たされたわけではなく、先発メンバーの状況を踏まえてこのままでも勝ち切れるという判断をしたわけだ。ただ一方でアウェイでもあり、リードされていなければ最低限勝ち点1取れればいい、との考えもあったのではないだろうか。
まだシーズンは始まったばかり。チームには若い選手が多く、層が厚いとはいえないなかでタフに戦っていかなければならない。体力的にキツい時間帯にそれぞれがもうひと踏ん張りできれば彼らの成長にもつながってくる。これがリーグ戦の大一番や負ければ終わりのトーナメントならば判断も変わっていたかもしれない。先の戦いを見据えたうえでの「交代ゼロ」だったとも受け取ることができる。
ちょっとケースは違うが、ある試合が重なった。
2009年9月、岡田武史監督率いる日本代表が欧州に遠征して臨んだオランダ代表との国際試合。立ち上がりから猛然とハイプレスを掛けて前半は0-0で乗り切りながらも、後半に足が止まって3点を失って敗れている。
この試合では6枚の交代カードが使えたが、5人を交代させたオランダに対して日本は2人のみ。最初からガンガン飛ばしただけにフレッシュな選手と入れ替えていくかと思われたが、そうはしなかった。目に見えて運動量が落ちていた右サイドバックの内田篤人(当時21歳)を90分使い切ったように、指揮官には狙いがあった。
「公式戦なら交代枠を6枚なんて使えない。内田がバテているのは実際分かっていましたよ。だけど、勝負のときにサイドバックを交代させる余裕なんてない。彼には分かってもらいたかった。チーム全体として(運動量が)一体どこまで持つのか試したかったところもある」
こういった経験値がのちに待っているであろう厳しい戦いに必ずや活きてくる。岡田の采配にはそのような意図も感じ取ることができた。
この日のスキッベ監督の柔らかな表情を見ても、これからの戦いにつながる手応えが強く残ったに違いない。
目の前の勝利を追いつつも、先のことを考えたうえでの「交代ゼロ」であったことは言うまでもない。