大谷翔平には、未来を切り拓くだけではなく、過去の宝を発掘する力もあるようだ。旧知の古書店の店主と話していて、不意にそんな思いにとらわれた。

 

 店主によると大谷がエンゼルスからドジャースに移籍したのを機に、ドジャースも含めたMLBの歴史やレジェンドの評伝に興味を持つ者が増え、埃をかぶっていた本が、今になって売れ始めているというのだ。ネット情報だけでは飽き足らない層が、わざわざ古書店に足を運び、自らの知識欲や好奇心を満足させるために、手に入りにくい“レア本”を探し求める。興味の対象物への知識が深まれば、より愛着も強まるというわけだ。

 

 MLBはア・ナ2リーグ、計30球団からなるが、ドジャースは古くから日本人には馴じみのある球団だ。ブルックリンから移転し、1958年から本拠を置くロサンゼルスには日本人、日系人が多く住む。現地の人々もなべて親日的だ。95年に野茂英雄がドジャーブルーのユニホームに袖を通して以降、日本人のドジャース贔屓は、より顕著になったように感じられる。

 

 そして今季、エンゼルスから大谷が移籍し、オリックスから山本由伸が加わったことで、日本国内の“ドジャース株”は最高値を付けた。この先、彼らが活躍するたびに年初来高値は更新され続けるのだろう。

 

 未来を照らすだけではない。大谷は過去にも光を当てようとしている。古書店の店主によると、米国では今からちょうど70年前の1954年、日本ではその3年後の57年に翻訳されて出版された『ドジャースの戦法』(アル・キャンパニス著=ベースボール・マガジン社)に関する問い合わせが少なくないという。アマゾンでも手に入るが、かなり高額だ。

 

 言うまでもなく本書は、Ⅴ9前夜の巨人・川上哲治監督が熟読し、チーム強化のために導入した近代野球の兵法書である。特筆すべきは、その内容が戦術や戦法にとどまらないことだ。指導者への警句も含まれる。<改良をいそぎすぎるコーチは、選手の要求に先んじて彼の欠点を指摘するが、それは、当の選手にとって、精神的なさまたげとなる。コーチのほうから先に走ってはならぬ>。今なら当たり前だが、70年前の指摘であることにハッとさせられる。

 

 川上がこの本をバイブルにしていたことは、後に自らが著し、ベストセラーとなった『悪の管理学』(光文社)の次の主張からも窺い知ることができる。<教え方のうまいコーチに、手とり足とり教えられて育った選手は、概してひよわである。これは教わりすぎたのである。自分のものが育っていない>。そして続ける。<あまり教えないのと、教えすぎるのとどちらがよいかといわれたなら、私は、あまり教えないほうをとる>。

 

 店主との話がきっかけで久々に『ドジャースの戦法』を読んでみて、私自身、改めて得るものが多かった。温故知新。これも大谷効果のひとつだろう。

 

<この原稿は24年3月13日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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