
メジャー6年目を迎えた松井秀喜に異変が起こっている。
過去、日本ではパワーヒッター、メジャーでは中距離打者として名を馳せて来たゴジラ松井が、今季はなんと首位打者争いに加わっているのだ。
(写真:今季の松井は首位打者争いに参戦しニューヨーカーを喜ばせている) 6月2日に至るまでの11試合中10試合でヒットを飛ばし、その間は打率.442(43打数19安打)。この日の時点で打率.328はリーグ2位。さらに3日のブルージェイズ戦でも2安打を放ち、打率はまたもトップに浮上した。
まだ6月初旬。タイトル争いの話などもちろんまだ早過ぎる。しかしここまでの安定感を見る限り、今後も大きな不振はなくある程度の高打率は保てそうではある。だとすれば、日本人としてはイチロー以来の首位打者争いに、今季の松井はこのまま参戦することになるのだろうか?
もっとも、松井にはとにかく豪快なホームランを期待する日本のファンは、現在の打撃に満足はしていないのかもしれない。
快調な勢いでヒットは飛ばす一方で、ホームランは6本のみ。5月18日のメッツ戦で放って以降、長打はほとんど出ていない。今季の松井はいわゆる「スラップヒッター」で、真ん中からアウトコースよりの球をレフト前に弾き還す姿ばかりが目立つ。
「まるでイチローのようで、典型的な日本人打者の打ち方になった」
ヤンキース戦のテレビ解説を務めるアル・ライター氏は、松井の打撃を見てそう評していた。すでにメジャー有数の打者と認められているイチローを引き合いに出すくらいだから、褒め言葉に違いない。
ただ、もともと日本人ファンは松井に、「非力なジャパニーズ」の固定観念を覆す迫力を望んでいた。世界の首都に住む人々の度肝を抜くような、豪快なホームランが見たかったのだ。
だとすれば、イチローや岩村明憲と同じようなスタイルで、「日本人らしい」ヒットを飛ばす松井の姿など、見たくないという人がいても不思議はない。「首位打者争い」よりも、あくまで40本塁打を目指し、ときに苦しみながら突き進んでいた方が人々の共感を得られたのだろう。

しかしそれでも筆者は、今季に新境地を開くことができた松井は、その能力の素晴らしさを改めて証明したと考えている。
今となっては信じられないが、今季の松井には衰えも囁かれ、開幕前の時点ではレギュラーも保証されていなかったことを忘れるべきではない。守備時の動きなど見る限り、やはり肉体は衰えているように思える。もしもそこでこれまで通りのスイングを続けていたら、打撃でも不振のドツボに簡単にはまり込んでいたことは容易に想像できる。
(写真:NYでも松井再評価の気運が高まっている) しかし松井はそんな間違いを犯さなかった。
「ひざの手術のあとで、下半身に以前の力がなくなったように見えないこともない。ただそれによって、逆に松井の技術面がより際立って見える。持ち前のバットコントロールの上手さでヒットを量産しているね」
ロイター通信のラリー・ファイン記者は、筆者にそう語ってくれた。
その言葉通り、現在のヤンキースに多い黄昏時のベテランに必要なのは、先天的なパワーや才能に頼らずに、技術的なアジャストメントを進めること。そして今季のチーム内で、誰よりもそれを上手にこなしたのが松井だったのだ。
「イチローのような軽打」と言うのは簡単だが、それを実践するのがいかに大変なことかは、打撃を変えられずに不振を囲う多くのベテラン打者たちが証明している。そしてそんな至難の業を成し遂げたゴジラに対する評価は、地元ニューヨークでも再び上昇している。
そもそも松井=ホームランという認識がないアメリカには、ここまで6本塁打だろうと騒ぐものなど1人もいない。一発よりもチャンスメークに徹している感のある松井への信頼は完全に回復。打順も4、5番に定着し、全体的に不振のヤンキース打線にはもはや欠かせない存在となった。
首位打者獲得までは難しいだろう。イチロー、ジョー・マウアーといった天才打者や、昨季王者マグリオ・オルドネス、ドラッグ中毒に負けず開花した怪物ジョシュ・ハミルトンら、実績、実力のある選手たちが、最終的にはアリーグ打撃成績の上位に名前を連ねるはずだ。

だがだからといって、けが人続出で厳しい時期のヤンキース打線を支えた松井の価値が下がるわけではない。今季3分の1終了時でチーム内MVPを選ぶなら、おそらく松井だったはず。その着実な貢献がなかったら、ヤンキースはさらにどん底に沈んでいたに違いないのだ。
(写真:イチロー以来の首位打者獲得は難しいだろうが、松井の貢献度の高さに変わりはない) 思えば松井はここまでも、何度も苦しい時期を迎えながら、その度に類い稀な適応能力を発揮して来た。それによってニューヨークでサバイブしてきた。パワーよりも何よりも、このアジャストの上手さこそが、おそらくはゴジラ松井の最大の武器なのだろう。
杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。
※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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