第1156回 ダルの原点「遊び心」こそ向上心 最大の原動力

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 MLBで、ノーヒッターを史上最多の7度も達成しているノーラン・ライアンが、レンジャーズ時代の投手コーチ、トム・ハウスとの共著で『ノーラン・ライアンのピッチャーズ・バイブル』を上梓したのは1991年4月のことだ。

 

 訳書は、翌92年9月に日本でもベースボール・マガジン社から出版され、大きな反響を呼んだ。“和製ライアン”の異名をとる小川泰弘(スワローズ)は大学時代にこの本を熟読し、投球フォームを抜本的に改造した。ライアンは引退するまで速球へのこだわりを持ち続け、<いい速球なくして、いい変化球はないのだ>(同前)と述べている。

 

 ライアンが剛速球なら、こちらは“七色の変化球”か。9日前に日米通算200勝を達成したダルビッシュ有(パドレス)も、ファイターズ時代の09年7月に同社より『ダルビッシュ有の変化球バイブル』という技術書を出版している。

 

 本書の中で、ダルビッシュは子どもの頃から、<ボールがさまざまな変化をするのが楽しい>という思いを持っていたことを明かしている。中学に入り、一時は野球が嫌いになりかけたが<自分で試行錯誤しながら変化球を覚えて、試合で空振りが取れるようになってきてから野球が面白くなってきた>とも。ダルビッシュ少年にとって、変化球は自らの好奇心の対象であると同時に、工夫次第で成果を得ることのできる創造物でもあったのだ。

 

 ここで、ひとつ問題提起を。全日本軟式野球連盟は学童部の投手の変化球を禁じている。もし、審判員が変化球と判断した場合は、ワンボールが宣告される。さらには監督および投手に厳重注意、同一投手が同一試合で再び変化球を投げたときは交代――など、かなり厳しい罰則規定が盛り込まれている。

 

 これは近年、少年野球の現場で、しばしば見られる勝利至上主義への警鐘ととることもできる。成長期に負った肩やヒジへの故障は、その子の将来に、大きな禍根を残す。連盟の禁止事項は医科学的なエビデンスに基づいて作成されたものであり、野球による故障防止の観点からも高く評価されるべきだろう。

 

 とはいえ、ピッチングは得てして意のままにならないものである。まして投げているのは子どもだ。ナチュラル系のボールは? チェンジアップは? 最後は審判員の判断に委ねられるのだろうが、投球技術は日進月歩である。難しい判断を迫られる時もあるだろう。

 

 子どもたちの健康障害を防ぎつつ、どうすれば好奇心を妨げることなく、野球への興味を持続してもらえるか。ダルビッシュが自著で<ブルペンでの100球よりも実戦での1球>と強調しているのは、工夫を凝らした変化球に対し、打者はどう反応するか。それを愉しみたいからだろう。その根底にあるのは、本人いわく「遊び心」だ。

 

 それについては求道者然としたライアンも同様で<野球そのものが楽しくて仕方がない>と述べている。童心こそが向上心の最大の原動力か。バイブルの原点が見えてきた。

 

<この原稿は24年5月29日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>

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