指揮官が怒るのも無理はないな。
 国際野球連盟(IBAF)が五輪開幕直前になって新ルールを導入すると発表した。
 延長11回以降はタイブレーク方式といって、無死1、2塁からスタートすることになったのだ。
 何だかリトルリーグみたいだな。

「五輪の2週間前になってルールを変えるなんて、おかしいにも程がある。われわれは親善試合をするんではなく、世界一を決める真剣勝負をするんだ。ひっくり返らんかもしれないが、強く抗議していきたい」
 とは星野仙一監督。新ルールの導入の背景には、2016年五輪での野球競技の復活への根回しがあると見られている。

 周知のように、五輪での野球競技は今回の北京が最後となる。IBAFは巻き返しに躍起だ。
 野球競技反対派の多くが口にするのが普及率の低さ、ルールの難解さ、試合時間の長さ。タイブレーク方式を導入すれば、確かに延長がズルズル続く可能性は低くなる。
 しかし一方で「それも野球の魅力」との声もある。野球好きのアメリカ人や日本人の大半はこの考え方だろうが、残念ながら、それは多数派とはなり得ない。
「こんなヘンテコなルールまで受け入れなきゃいけないんだったら、オリンピックをボイコットするぞ!」
 星野監督は、本当は机を叩いて抗議したいところだろうが、現実的にそれはできまい。つまり、最終的には受け入れざるを得ないだろう。

 しかし、このヘンテコなルールが日本代表にとって不利かと言えば、必ずしもそうではない。
 むしろ小技の巧い選手が多い日本代表にとって、バントやエンドランを使ってチャンスを拡大し、確実に点を取るのは得意な作業ではないか。
 日本代表メンバーである荒木雅博(中日)がいいことを言っている。
「どの打順からでもスタートできるなら、小技のあるチームの方が有利じゃないですか? 足が速い選手が2人いて、バントで送って、4番で点を取る。日本代表には得かもしれませんね」
 無死1、2塁でのスタートとなれば、まずはバントだ。日本代表には宮本慎也(東京ヤクルト)をはじめ、バントの名手が揃っている。

 逆にアメリカやカナダの選手はあまりバントを好まない。そして巧いという印象もない。関係者に聞くと、キューバの選手たちも監督の命令には忠実に従うが、むしろエンドランを仕掛けてくる可能性が高いという。しかし、エンドランは“水もの”だ。ここで確実に1点となれば、バントに勝る作戦はない。
 つまり、タイブレーク方式は日本代表に適したルールと言えるのだ。

 リリーフ陣が安定しているのも日本代表にとっては心強い。岩瀬仁紀(中日)にしろ藤川球児(阪神)にしろ、ランナーを背負ってビクビクするようなタマではない。
 問題は上原浩治(巨人)だ。彼が本調子なら何も心配はないのだが、レギュラーシーズンの状態のままなら、とてもタイブレークのマウンドには上げられない。
 星野監督にとっては、また頭痛のタネがひとつ増えたのではないか。

 気になるのは先行か後攻かという点だ。
 普通に考えれば後攻のチームの方が有利だ。先行のチームが無得点に終われば、それこそバントで送って2、3塁にし、最後はスクイズ! これで決まりだ。
 逆に大量点を奪われた場合、腰を落ち着けてじっくりと攻めるしかない。ランナーを貯める作戦に出るだろう。

 しかし、一足早くタイブレーク方式を導入したソフトボール関係者によると、必ずしも後攻のチームが有利とは限らないそうだ。
「同点で来ていて先に点を取られると焦ってしまうんです。逆に先行のチームはたったの1点のリードであっても勢いづくことがある。大切なのはこの制度に早く慣れることです」

 そうは言っても、このルールに慣れるほど時間はない。先述したように日本代表にとって不利なルールではないのだから、この期に及んであまり神経質にならないことだ。
 サッカーのW杯にだってPK戦はあるのだ。違和感はぬぐえないが、どこかで割り切ることも必要だろう。
 アジア予選ではプレーボール直前になって韓国がオーダーをガラッと変えてきたが、何が起こるかわからないのが国際試合。ここはジタバタしないことだな。

(この原稿は『週刊漫画ゴラク』08年8月22日、29日号に掲載されました)

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