日本のスコアラーの技術レベルは、ある意味、世界一かもしれない。先頃、NHKが「とどかなかったメダル 〜星野監督が語る北京での戦い〜」という番組を放送した。三宅博スコアラーを中心としたロジスティックス部隊の奮闘をサイドストーリー的に描いた特集だが、彼らがとってきた情報は驚くほど正確で、恐ろしいほど精緻だった。しかし、残念ながら星野ジャパンがそれらを最大限に生かし切ることはできなかった。

 敵について微に入り細を穿つように調べ上げるのは国際試合の常である。逆に言えば日本の“諜報機関”がこれだけやるということは、敵だって同じようにやっているということである。いや、もしかすると日本以上に用意周到だったかもしれない。何しろ日本はWBC初代王者なのだから。

 1次リーグの韓国戦、9回表、スコアは2−2。マウンド上にはサウスポーの岩瀬仁紀。2死1、2塁の場面で韓国の金卿文監督は右の金敏宰に代え、左の金賢洙を打席に送った。いくら金賢洙が今季ブレークした好打者とはいえ、左投手にわざわざ左打者をあてるというのは余程のことだ。だが、監督の期待に応えた金賢洙は、カウント1−1から岩瀬の低めのスライダーをセンター前にはじき返した。狙い通りの見事なバッティングだった。

 後日、韓国リーグの監督経験者と話す機会があった。してやったりと言わんばかりの表情で、彼は言った。「岩瀬には昨年の予選でも抑えられている。岩瀬を打たないことには日本には勝てないし、メダルもない。韓国代表の首脳陣はそう考えていました。さて岩瀬のピッチングを分析するとストレートとスライダーは素晴らしいが、シュート系の変化球にキレがない。よし、これなら踏み込んでいけると。1次リーグも準決勝も岩瀬は大事な場面で左打者に決勝打を浴びました。これは決して偶然ではありません。分析の成果が出たんです」

 北京五輪、岩瀬は韓国の左打者に対して8打数4安打、うちホームラン1本。被打率5割。言葉は悪いが“左殺し”が左打者に殺された。これを調子のせいだけにすることはできない。調べることに熱心なのはいいが、調べられることに無防備であってはならない。これも“北京の惨敗”で得た貴重な教訓のひとつである。

<この原稿は08年9月3日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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