鋭い立ち合いから前みつをとり、速攻の寄り――。横綱・三重ノ海の相撲にはスピード感があった。磨きに磨きあげた技術が横綱としてはさして大きくない体を支えた。

「私はねぇ、歯の浮くようなきれい事を並べ立てるのは好きじゃないんですよ」。目の前の武蔵川親方はおもむろに語り始めた。5年前の話だ。

「よくね、“お子さんをお預かりした以上、必ず関取にしてみせます”と大見得を切る親方がいるでしょう。私はそういうことは言ったことがない。だって、その子が強くなるかどうかなんて実際にやってみなければわからないんだから。私が親御さんにお話しするのは、せいぜい、“本人の努力次第では強くなる可能性を秘めています。そのためにも私は一生懸命教えます”といったあたりまで。途中で相撲を辞めて家に帰るなんてことになってしまったら、逆にその子にも親御さんにも迷惑がかかる。だから、お預かりする以上は本人にも親御さんにも相撲のこと、この世界のことを納得してもらうしかないんです」
 
 苦労人であるがゆえに人情家でもある。武蔵丸(元横綱・現親方)が初土俵を踏むにあたり、予期せぬ問題が起きた。ビザの取得が間に合わなくなったのだ。日頃から真面目で稽古熱心。「こりゃ何とかしてやらなければ…」。情報を収集した結果、一度、香港に出国させてから日本に帰国というかたちをとった。この措置により晴れて武蔵丸は初土俵を踏むことができた。

「あの大きな目からボロボロ涙がこぼれ落ちていた。それを見たら、何とかしてやろうと思うでしょう。そして、何とかしてやるのが親方の仕事です。あの涙に私は心を動かされたんです」
 
 新理事長として土俵際にまで追い詰められた協会をどう再建するか。小手先、お手盛りの改革では世間は納得しまい。たとえば外部理事の人事。

 私見だが岩盤より強固な角界の既得権益にメスを入れるには、抵抗勢力を押し切って不良債権処理を進めた竹中平蔵氏あたりが適任か。あるいは「破壊と創造」をキーワードに改革を断行し、松下電器産業を黒字回復させた中村邦夫氏、他社に先がけて執行役員制を導入し、カンパニー制を強化したソニーの出井伸之氏らに力を借りるという手もある。

 現役時代ばりのスピードで返り血を浴びてでも改革を断行してもらいたい。もう待ったなしである。

<この原稿は08年9月17日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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