ホームラン王というタイトルが打撃部門にあるのだったら「最少被本塁打王」というタイトルが投手部門にあってもいいのではないか。規定投球回数に達した投手の中で、最もホームランを打たれなかった投手は誰か。これは興味がある。

 今季、パ・リーグで価値ある「記録」が生まれた。投手部門で三冠(最多勝、最高勝率、防御率1位)を達成した楽天・岩隈久志の被本塁打数――3本。その内訳は交流戦で2本、同リーグに限っていえばわずか1本だ。9月29日、クリネックススタジアム宮城でソフトバンクの松田宣浩に左翼席に運ばれなかったら、同リーグ被本塁打数はゼロだったのだ。パ・リーグ随一の201回2/3を投げながら。

 ちなみに2リーグ制後、シーズン通じて最も被本塁打数の少なかった投手は1956年の稲尾和久(故人)である。その数、わずか2本。56年といえば稲尾のルーキーイヤーである。高校を出たばかりの投手が21勝(6敗)をあげ、1.06という防御率で防御率1位のタイトルを獲得したのだから、やはり「神様」である。

『私の履歴書』(日経ビジネス人文庫)の中で、稲尾はこう書いている。<この時点ではまだほとんど直球一本。後年宝刀となるスライダーはない。私の直球は右打者の内角球はシュートし、外角球は逆に外側へスライドと、都合がいい変化をしていたが、クセ球で自然に曲がっただけ。投球術と呼べるものはなく、ひたすら外角低め、ひざ元と投げ分けていた>。

 いかにしてホームランを防ぐか。過日、会った際、岩隈に訊ねた。「ホームランを打たれたボールは大体が甘いコースです。今年、長打が減ったのは低めへの意識を、より徹底させたからでしょう。高めは長打が出やすい。低めなら打たれてもゴロのヒットですむ。ヒットならOKという気持ちでやっているんです」。基本は「キープダウン」――低目をつく。岩隈は神様の領域に近付いてきたようだ。

 稲尾より1本、シーズン被本塁打数が多かったとはいえ、それによって岩隈の「記録」が色褪せるものではない。56年、パ・リーグの本塁打総数が486本だったのに対し、今季は752本(10月6日現在)。52年前と比べると約1.5倍も増加しているのだ。その中での3本は驚異的な数字である。泉下の鉄腕も喜んでいるに違いない。

<この原稿は08年10月8日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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