今季、伊予銀行女子ソフトボール部は2部リーグを制覇し、3年ぶりの1部復帰を果たした。だが、既に来季を見据えた活動をスタートさせたチーム内に祝勝ムードの雰囲気は全くない。なぜなら、大國香奈子監督をはじめ、1部を経験しているベテラン勢は、そこで生き残ることがどれほど難しいことであるかをわかっているからだ。実際ここ3年、2部から1部に昇格したチームはいずれも翌年には2部に戻ってきているのだ。果たして、伊予銀行はどんなシーズンを迎えるのか。来季、1部で初采配をふるう大國監督に戦略を訊いた。

「1部でも戦い方はかわりません。しっかりと準備をすること、これに尽きます」
 そう語る大國監督に迷いは一切感じられなかった。現役時代から痛感している“準備”の重要性はトップリーグの1部でも同じなのだという。

 来季のための準備は、優勝直後から始まっている。大國監督はもちろん、選手たちもそれぞれ1部リーグの試合を視察し、来季を想定した情報収集を行っている。決勝トーナメントにはチームで試合を観戦、トップリーグのレベルを選手全員が肌で感じた。その中で大國監督が感じたのは1部の中でもピッチャーの格差が広がっているということだった。球速、コントロール、球種の豊富さ……あらゆる点でレベルの違いが見られた。つまり、しっかりと準備さえしておけば、1部のピッチャーに対しても十分に勝負できるということだ。

 来季、まず伊予銀行が目指すのは1部残留だ。そのためには6勝が最低ラインだという。
「全試合に勝とうとすれば、必ず息切れを起こす。6勝を計算して、あとの16試合は胸を借りるつもりで戦おうと思っています。強豪に選手がガチガチになるよりは『負けてもいいや』という気持ちで挑んだ方が選手も伸び伸びやれるでしょうからね」

 総当りで行われる長丁場の戦いでは、むやみに全勝を狙うよりもきちんとした計算のもとでのいわゆる“捨て試合”をつくることは今や戦略の一つとなっている。オリンピックなどでも、決勝トーナメントに進出できるラインを計算し、捨て試合をつくる。それは選手の精神的負担を軽減するためにも重要なことだ。そして、来季の伊予銀行の目標は、あくまでも「残留」。ならば、そのラインを超える計算は必須である。

 では、1部と2部の戦い方の違いはどこにあるのか。それは攻守のどちらに重点を置くか、にあるようだ。
「ピッチャーのレベルがそれほど高くない2部では、バッターが甘いボールを待って打てるかが重要なんです。しかし、1部のバッターはピッチャーの配球をよんで打てるバッターが多い。だからピッチャーがいかにボール球を打たせて、バッターのフォームを崩すことができるかがポイントとなってくると思います」(大國監督)

 そこでキーマンとなるのが、清水美聡投手とキャッチャーの藤原未来選手。球種の豊富な清水投手と藤原選手の情報に基づいたリードで、バッターを翻弄させることができれば、1部にも十分に通用すると大國監督は見ている。
 また、バッターでは今季初めてベストナインに選ばれた重松文選手もキーマンの一人だという。

「重松は目立つのが大嫌いな性格で、チャンスとなると緊張してしまって実力が発揮できないタイプでした。でも、今季は試合前に相手の情報を頭に入れること、つまり準備を徹底的にしたおかげで、三振が非常に少なくなったんです。これはバットコントロールがレベルアップしたことも関係しています。彼女は昨季までインローが苦手コースだったのですが、スイングの軌道とボールの軌道を合わせられるようになったことで、克服できた。これが好成績(チーム一の打率.404)につながったのです」
 重松選手の打順は2番。つなぎ役の彼女が急成長を遂げたことで、効率のいい攻撃が可能となったことは、伊予銀行にとって非常に大きなプラス材料となったに違いない。

 さて、伊予銀行では毎年恒例の合宿が22日からスタートした。今回の合宿での最大の目的は新人選手の力量や性格などを把握すること、そして既存選手との“顔見せ”、つまりコミュニケーションをとることだ。
「今いる選手には、社会人のソフトボールとはこういうものだ、ということを新人選手に見せてほしいですし、新人選手にはどんどん自分をアピールしてもらいたいですね」(大國監督)

 新人選手はピッチャー2人、キャッチャー1人、内野手1人、外野手1人の5人で全員が来年3月に高校を卒業する18歳だ。なかでも神村学園高校(鹿児島)から来るピッチャーは「ボールに威力があり、全国大会の経験もある。主戦の一人として起用できればと思っています」と即戦力として期待されている。その他の選手も大國監督の頭の中では代走、代打など勝敗を決める大事な場面での起用を考えているようだ。

「実は合宿前、それぞれの高校からこれまでよりも練習量が増えているということを聞いているんです。彼女らにとっては“2部の伊予銀行”に入行するという頭で試験を受けたわけです。ところが、フタを開ければ1部のチームにメンバー入りすることになったのですから、自然と“やらなくては”という気持ちになっているのでしょう」(大國監督)
 今季の藤原選手のように新人選手の台頭はチームにとって非常に大きな要素となる。新人選手への期待感は高まるばかりだ。

 果たして、新生・伊予銀行はこの合宿でどのような成果を挙げられるのか。いよいよ1部へのスタートが切られた。


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