はじめまして。今季から信濃グランセローズの監督に就任した今久留主成幸です。高校野球ファンの方は、私の名前を聞いて懐かしさを覚えてくれる方もいらっしゃることでしょう。PL学園高校時代には“KKコンビ”で鳴らした桑田真澄、清原和博とともに全国制覇を成し遂げたメンバーの一人。桑田とはバッテリーを組んだことでも知られています。
 実は私は、2006年秋に信濃のゼネラルマネジャー(GM)に就任し、球団運営にかかわってきました。GMとしてまだまだやりたいこと、やるべきことはたくさんあると感じていた矢先でしたから、三沢今朝治球団社長から監督就任の要請をいただいた時は、正直とまどいました。それでも「今度は育成面で力を発揮してほしい」と三沢社長から言われ、ぜひその期待に応えたいという気持ちから、監督になる決心をしました。

 背番号は「90」。これには2つの意味があります。一つは球団創設以来、親身になってご協力いただいていた前中野市長の故・青木一氏の好んでいた番号ということ。青木氏は当時、海の者とも山の者ともつかない私たちに、いの一番に支援の手を挙げてくれました。練習施設などにご尽力いただき、球団にとっては恩人です。

 そんな青木氏は市民からも愛されていました。誰に聞いても「誰でもわけ隔てなく、接してくれる」と言うのです。それは球団に対してもそうでした。信濃は昨季、前後期ともに上信越地区最下位という結果に終わりました。しかし、青木氏はいつも「グランセローズは県民に夢を与えているんだから、頑張って。(支援する)気持ちは何一つ変わらないから」と激励してくれました。私も青木氏のような人間性をもった指揮官になりたいと思っています。

 また、「90」は角度で言えば直角(90度)にあたります。何事にも正面から立ち向かう心を忘れないように。そんな意味を込めてこの背番号を選びました。

 さて今季、球団は3年目を迎えるわけですが、選手たちもこれまで以上に目の色を変えて野球に取り組むのではないかと期待しています。その理由は、今年千葉ロッテに入団した鈴江彬(横浜隼人高−台湾・シノンブルズ−横浜ベイブルーズ)です。鈴江は決してエリートコースを歩んできたわけではありません。高校時代には注目されていた彼ですが、その後、大学を中退。台湾のプロ野球のテストを受けたりしましたが、なかなか力を発揮できずにいました。それが信濃で著しい成長を遂げ、今やNPB入りを果たしたわけです。

 昨季の彼は先発、中継ぎ、抑えとフル稼働でした。それでも嫌な顔一つせずに、黙々と投げ続けたのです。それがNPBのスカウトの目に留まり、育成枠ながら指名をもらいました。このように、昨季まで一緒のフィールドでやっていた鈴江がNPBへ進んだことで、選手たちにはいい刺激となっていることでしょう。それまでおぼろげだった目標が明確になったと思います。もともと信濃には彼と同等の素質をもった選手がたくさんいます。あとは自分自身と真剣に向き合い、本気になれるかどうか、です。

 私の母校であるPL学園が、なぜ毎年のようにプロ入りする選手が出るのか。それは自分と一緒にやっていた選手がプロに行くことで、周りもどれくらいのレベルの選手がプロに行けるのかが明確にわかってきます。そうすると、選手にとっても目標設定しやすい。これが非常に大きな効果をもたらしているのです。PLのような循環が、鈴江が指名されたことで、ここ信濃でも起きてほしいと願っています。

 さて、私がチームづくりにおいて重要視しているのは、1球1球を大事にするということです。選手全員が1球に全集中力を傾け、チームが同じ方向を向く。それが優勝には欠かせません。昨秋、横浜から広島に移籍した石井琢朗選手が練習に来てくれたことがありました。ありがたいことに彼自らがバットを持ってノックをしてくれたのですが、その時、彼は「1球1球に全員が声を出せ!」と言ったのです。それは、まさに私が言いたかったこと。それを石井選手が代弁してくれたのです。とはいえ、選手たちが本当に理解したかどうかはまだわかりません。これから入ってくる選手もいますので、根気よくやっていきたいと思っています。

 先述したように、選手たちは皆、優れた能力を持っています。しかし、まだまだ努力は足りません。一人ひとりがもっと野球を深く理解し、自分自身で判断する能力を養う必要があります。私たち指導者は彼らが夢をかなえるために最大限のサポートをする覚悟でいます。しかし、そのサポートを受ける権利を得るためには、選手は義務として一生懸命に取り組む姿勢を見せなければなりません。BCリーグは頑張りたいと思っている人に、頑張れる環境を与えてくれる場です。逆に言えば、努力できない選手はこの場を去るしかないのです。

 結果が出るかどうかも、日頃の努力次第。マウンドに立った時、打席に立った時に「自分はここまでやってきたんだから」という自信をもてるかどうかで結果は随分とかわってくるものです。そのためにも普段の練習から自分は今、何をしなければいけないのか、を考えてもらいたいのです。
 私も指導者として時には選手に寄り添い、時には厳しく突き放しながら、成長の手助けができたらと思っています。


今久留主成幸(いまくるす・なりゆき)プロフィール>:信濃グランセローズ監督
1967年5月10日、大阪府出身。PL学園高校では3年夏に桑田真澄とバッテリーを組み、全国制覇を達成。明治大学を経て1990年にドラフト4位で横浜(当時大洋)に入団した。95年に西武にトレード移籍し、99年に現役を引退。スコアラー、スカウトを経て2006年、信濃グランセローズのゼネラルマネジャーに就任。今季より監督としてチームの再建を図る。


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