連日ニュースで伝えられている“100年に一度の大恐慌”はメジャーリーグにも大きな影響を及ぼしているようです。特にFA選手は移籍先が決まらず、未だ未契約のままになっている選手は100人以上もいるとのこと。いくら実績や実力があっても、年俸の大幅ダウンを受け入れなければならない状況です。そんな中、2人の日本人選手がメジャー契約を結びました。上原浩治と川上憲伸です。メジャーで結果を残してきた選手たちでさえも不況の波に襲われている中で、メジャー、しかも複数年契約を結ぶことができたというのは、2人にとって嬉しいことですし、それだけ日本人選手の力が認められてきた証拠でもあると思います。
 プロ入り前から誰よりもメジャーに憧れを抱いてきたのが上原です。彼の移籍先はアメリカン・リーグ東地区のボルティモア・オリオールズです。この地区は周知の通り、メジャー随一の激戦区。ニューヨーク・ヤンキース、ボストン・レッドソックス、トロント・ブルージェイズ、そして昨季飛躍的な活躍でワールドシリーズ初出場を果たしたタンパベイ・レイズと強豪がひしめいています。

 その中でオリオールズは昨季、ダントツの最下位。トップのレイズとは実に28.5ゲームも差をつけられてしまいました。優秀な選手が揃っているのですが、チームとしてかみ合わなかったのでしょう。68勝93敗と結果が伴いませんでした。

 その理由の一つに挙げられるのが投手力です。シーズンを通してローテーションをきっちりと守れるピッチャーがいませんでした。そのため、チーム防御率は5.51とリーグ最低。2ケタに到達したのは10勝(12敗)を挙げたジェレミー・ガスリーただ一人でした。そこで上原にはガスリーに次ぐ2番手、3番手としての期待が寄せられています。

 上原はストレートだけでなく、全ての球でストライクをとることができる抜群のコントロールを持っています。メジャーと言うと、剛速球のピッチャーばかりがクローズアップされがちですが、実は球数制限があることを考えてもコントロールのいいピッチャーが勝ち残っているのです。まさに上原は適任と言えるでしょう。

 さて、不安要素として取り上げられているのが上原の状態です。確かに昨季、開幕当初は彼らしいピッチングを見ることができませんでした。フォームも立ち投げで以前のようなボールの伸びがありませんでした。1勝が遠く、4月末には二軍落ちを言い渡されてしまいました。下半身への不安と「早く体をつくらなければいけない」という焦りが、上原の良さをかき消してしまったのです。それでも時間はかかったものの、北京五輪にもきちんと間に合わせてきましたし、終盤には上原らしさも垣間見ることができました。

 さらに今年は長年の夢がかなったわけですから、モチベーションもグッと高まっているはずです。会見で見せた満面の笑顔やマウンドに上がる時のはしゃいでいる様子などを見ても、彼の喜びがどれだけ大きいかは手に取るようにわかります。ですから、今は下半身への不安よりも「やってやるぞ!」という前向きな気持ちの方が大きいはず。そういった中で思い切って投げるでしょうから、自然と下半身を使った柔らかなフォームに戻ってくることでしょう。

 メジャーでは先発投手は基本的に中4日でローテーションを組みます。疲労などの観点から心配される声もありますが、私はもしかしたら彼にとってはプラスとなるのではと見ています。日本では勝ち負けの結果だけで評価されがちですが、メジャーはご存知のように球数制限があるため、単に星の数だけで先発を評価はせず、その内容を重視する傾向があります。そのため、変に気負うことなく、ある程度自分のペースを守りやすいのです。しかも、上原は2年契約。1年目はローテーションを守りながら、試行錯誤していくことで、2年目以降につなげていくことができます。そのためにも少ない球数で様々なチームや選手と数多く対戦することが、彼にとっては貴重な財産となると思うのです。

 一方、ナショナル・リーグ東地区のアトランタ・ブレーブスに移籍が決まったのが川上です。ブレーブスは若手の育成に定評があり、マイナーから優秀な選手が輩出されています。川上も、若手選手の巧さには驚くことでしょう。それが気負いとならずに、プラスに働いてくれるといいのですが……。

 チームにとっては伸び盛りの若手が多いが故に、リーダー的存在が欲しいところ。日本で実績を積んできた川上はまさにその役割を担うべくピッチャーの一人として、チームからも大きな期待を寄せられていることでしょう。また、ボビー・コックス監督はピッチャーを大事にする指揮官で非常に理解があります。ですから、メジャー経験のない川上にとってはやりやすいのではないかと思います。

 川上は会見で「魂」と直筆で書いた色紙を披露していましたが、彼の一番のよさはまさに気持ちの強さ。カーブやカットボールを中心に緩急のついたピッチングでメジャーのバッターに挑んでほしいと思います。

 上原も川上も、メジャーだからと言って、変に構えたりせず、これまで日本でやってきた自分のピッチングをして欲しいですね。簡単そうで実は難しいのが自分を見失わないことなんです。というのも、野茂がよく言っていたのが「メジャーでは考えられないようなホームランを打たれる」ということ。日本では絶対にホームランは打たれないというコースに投げても、メジャーのバッターはいとも簡単にスタンドを越える打球を放つ。しかも、その飛距離がまたすごい。まさにメジャー級なのです。

 そこで自信を失い、自分をも失っては勝負などすることはできません。日本であれだけ活躍してきたわけですから、自分を信じて彼ららしいピッチングを見せてほしいと願っています。そして、昨季の岩村明憲(レイズ)のようにチーム再建の起爆剤となることを期待しています。

 
佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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