第1163回 eスポーツと距離詰めるIOCに具体策はあるか
パリ五輪開催期間中、サウジアラビアの首都リヤド近郊では、eスポーツのW杯が開かれていた。賞金総額はeスポーツ史上最高額の6000万ドル(約96億円)。世界中から500以上のチームと1500人以上の選手が参加した。
なぜリヤド近郊なのか。「サルマーン皇太子兼首相には、サウジをコンテンツ大国にしたい、という野望がある」とは東京都eスポーツ連合の筧誠一郎会長。「今年3月には世界初となる『ドラゴンボール』のテーマパークの建設が決まった。5000人収容のeスポーツアリーナも造られる。こうした事業は、全て国家戦略として進められています」
JETROによると、サウジは2030年までにこの分野のGDPを500億リアル(約2兆円)にまで拡大し、4万人近い雇用創出を目標に掲げている。
サウジと言えば、世界最大級の産油国。国家財政は左うちわかと思いきや、カーボンニュートラルなど世界的な脱石油の動きにより、近年は財政赤字を余儀なくされている。そこで皇太子は石油依存からの脱却を目指し、国家の屋台骨を担える新産業の育成を指示、そのひとつがeスポーツを含むコンテンツ事業の開拓というわけだ。
そして、その試金石となるのが、来年、IOCと組んで開催する第1回オリンピックeスポーツ大会だ。これについてIOCのトーマス・バッハ会長は「eスポーツ五輪の開催はデジタル革命のペースについていく大きな一歩だ」と語っている。
ここにきてeスポーツとの距離を徐々に詰めつつあるIOC。「その背景にはスポンサーの存在もある」とは筧会長。「IOCのTOPパートナー14社のうち3社(インテル、アリババ、サムスン)はeスポーツの普及に熱心に取り組んでいる。テレビの斜陽化が進み、オンライン配信への移行が進めば、ネット配信に強いeスポーツは、ますます無視できない存在になっていくでしょう」
もっともIOC幹部の中にはeスポーツにアレルギーを持つ者も少なくなく、「一足飛びに五輪の正式競技に、とはならない」と筧会長は現状を分析する。「今はeスポーツの持つ力や魅力を社会に伝えることが先決。たとえばeスポーツでは視覚障がい者でも健常者と互角に戦うことができる。敵が接近したら音が変わる、というソフトが開発されたからです。またeスポーツでは、レベルの高い障がい者が健常者を指導することもある。オリンピックとパラリンピックの垣根を超えられるものがあるとすれば、それはeスポーツではないか…」
気になるのは、eスポーツが若者に人気があるとかないとか、市場が大きいとか小さいといったマーケティングベースの話が先行していることだ。IOCに問われているのは、eスポーツをどう評価し、eスポーツが持つリソースを社会にどう役立てるのか、その具体的な方策である。
<この原稿は24年8月21日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>