冬のオリンピックと言えば北海道勢の独壇場だ。先のトリノ五輪では全出場選手のうち約4割を北海道出身者が占めた。冬のオリンピックで、これまで日本は16個の金メダルを獲得しているが、そのうちの9個が北海道出身者によってもたらされている。

 ではボールゲームはどうか。かつてサッカー日本代表はサッカーどころの静岡県出身者を抜きにしては成立しなかった。たとえば16年前の“ドーハの悲劇”の際のスターティングメンバーを見てみよう。GK松永成立、DF堀池巧、MF森保一(出生のみ)、FW三浦知良、長谷川健太、中山雅史と実に11人のうち6人までが静岡県出身者によって占められていた。サブには大嶽直人、三浦泰年、沢登正朗、武田修宏がいた。

 それが先の南アW杯アジア最終予選のオーストラリア戦における静岡県出身者は25人のうち、内田篤人、長谷部誠の2人だけ。Jリーグ創設以降、サッカー人気があまねく広まったことで静岡の一極集中は崩壊したということができる。それが証拠に代表選手の出身地は3名の埼玉を筆頭に大阪、鹿児島、兵庫、静岡、奈良、三重、滋賀、和歌山、愛媛、神奈川、東京、京都、宮城、千葉、熊本、福岡、山口(ブラジルを除く)の18都道府県に及んだ。

 このような視点で侍ジャパンを見るとどうなるか。全国区人気の野球ゆえ、特定の地域への偏りは少ないと予想していたが、あに図らんやだ。9日の韓国戦ではスタメン10人のうち半分の5人を九州勢が占めた。青木宣親(宮崎)、村田修一(福岡)、内川聖一(大分)、福留孝介(鹿児島)、城島健司(長崎)。リリーフとして登場した杉内俊哉(福岡)、馬原孝浩(熊本)も九州の出身者だ。

「侍大将」の原辰徳監督からして福岡県大牟田市の出身。総合コーチの伊東勤は熊本の出身。東京ラウンド開幕前、伊東を「番頭」に起用した理由を訊ねるとニヤリと笑って「彼も僕も同じ九州人。流れている血は熱いんです」と原は答えた。

 日の丸の下に集う以上、どこの出まれだろうが、そんなことは関係ない。ただ客観的に見れば、非常に“九州色”の強いチームではある。指揮官の意図が潜んでいるのか、たまたま結果としてそうなったのか。個人的には少々、興味がある。

<この原稿は09年3月11日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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