「春の椿事」といったら怒られるだろうか。
目下(3月16日現在)、打率4割6分9厘、4本塁打、12打点でオープン戦の3冠王。中日の藤井淳志が当たるを幸いとばかりに打ちまくっている。
もっとも本人は数字には、さして関心がないようだ。「自分が何打数何安打だとか知ったら計算してしまうかもしれません。だから前の打席までに何本(ヒットを)打っているとかは考えません。逆に1打席1打席を大事にしていることがいい結果につながっているのかも……」
藤井淳志といえば、これまでは「守備の人」だった。俊足強肩で試合終盤の守備固めや代走に起用されることが多かった。
打撃成績は2006年、打率1割4分6厘、0本塁打。07年、2割3厘、1本塁打。08年、1割7分1厘、2本塁打と全くパッとしない。
大学、社会人を経由してプロ入りしているため、年齢も、この5月で28歳。もはや若手ではない。
ここに来て素質が開花した理由はどこにあるのか。第一に考えられるのは両打ちへの再転向だ。
実は藤井、06年も両打ちを試みたが結果が出ず、途中で断念した経緯がある。それからはずっと右打ちに専念していた。
だが藤井には致命的な欠点があった。アウトコースに逃げていく、いわゆる右投手のスライダー系のボールについていくことができないのだ。
それを矯正するために、落合博満監督は藤井に両打ち再転向を命じた。3冠王3度と球史に名を刻む強打者は、右打者としての藤井に限界を見てとったのかもしれない。
これがヒットだった。オープン戦ではただ当てて走るだけでなく、左打席からコンパクトなスイングでヒットを量産している。スイッチヒッターで、もう何年もメシを食っているかのように映る。
思い出すのは現SKワイバーンズ(韓国)打撃コーチの正田耕三だ。プロ(広島)に入ってスイッチヒッターに転向し、2年連続(87、88年)首位打者に輝いた。
広島には高橋慶彦、山崎隆造とスイッチヒッター転向の成功例があった。とにかくバットを振って振って振りまくった。頭で考える前に体で覚えたのだ。
ライバルの存在も発奮材料になっているのかもしれない。中日は昨年、ドラフト1位で「社会人ナンバーワン外野手」の評判をとる野本圭を獲得した。柔らかく、スキのないバッティングは首脳陣からも高い評価を受けている。
本人は口にこそ出さないが、ルーキーにポジションを奪われれば、このままずっと守備要員で終わってしまいかねないとの危機感があるはずだ。ある意味、レギュラー獲得のラストチャンスだとも言える。
タイロン・ウッズや中村紀洋が去り、軽量化が懸念される中日打線。スモール・ベースボールへの移行をスムーズにはかる上で「出直し男」はなくてはならないカードだといえる。
<この原稿は2009年4月5日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>
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