ニューヨーク・ヤンキースが今年も出遅れている。
 オフの間に華々しい大型補強を展開し、今季こそはハイレベルなア・リーグ東地区でも圧倒的な強さで突っ走ると予想した識者も多かった。しかし蓋を開けてみれば、5月13日の時点で16勝17敗と低迷。地区首位にすでに5.5ゲームの差をつけられ、(例によって)至上命令と位置づけられた王座奪還に早くも暗雲が漂っている。
(写真:キャッシュマンGMもチームの不振について多くの質問を浴びる日が続いている)
「シーズンが162試合と長くて良かった。(ケガ人さえ戻ってくれば)ヤンキースはこのまま終わるようなチームではない」
 ブライアン・キャッシュマンGMはそう語り、基本的にここまでの不振の原因をすべて故障者続出に帰結させようとしている。

 確かにケガ人は多かった。アレックス・ロドリゲス、ホーヘイ・ポサダ、チェンミン・ワンがすでに故障者リスト入りを経験したのを始め、デレック・ジーター、松井秀喜もマイナーなケガに苦しみ続けている。主力がこれほどまでに倒れれば、ジョー・ジラルディ監督の当初の公算も大きく狂ったことは間違いない。

 ただその一方で、ケガ人など、どのチームにも出ている。
 ボストン・レッドソックスは松坂大輔を欠き、しかも主砲デビッド・オルティースが本調子でなくとも、ここまで21勝13敗。同じニューヨークのメッツも4番打者のカルロス・デルガド、2番手先発投手のオリバー・ペレスらが故障を繰り返しているが、それでも先日まで7連勝を達成した。

 ケガ人続出は言い訳にはならない。その埋め合わせまで含めてチーム力である。たとえ主力が一時的に不在だろうと、強靭なメンタリティを持った強豪は何とかして勝利をたぐり寄せるものなのだ。

 今季のヤンキースを身近で見ていて感じることは、ゲームに臨む姿勢の部分の物足りなさだ。ロースターの顔ぶれは一見すると華やかだが、粘りがなく、プレーぶりからは闘志がほとんど感じられない。
(写真:最近は試合内容よりもA・ロッドのバイオグラフィ本出版のようなスキャンダルで話題になることが多い)

 開幕からまだ1カ月半しか経っていないのに、すでに4−22(4月18日のインディアンス戦)、5−15(4月13日のレイズ戦/最後は野手のニック・スウィッシャーが登板)と途中で投げ出したようなスコアの大敗を何度か味わった。王座を目指すプライドに満ちたチームは、こんな酷い負け方はしない。

 宿敵レッドソックスにはここまで5度対戦し、なんと全敗。そのすべてがどちらに転んでも不思議はないタイトなゲームではあった。だがむしろ接戦を5つも落とし続けたがゆえに、現時点でのヤンキースとレッドソックスの修羅場での底力の違いがより一層際立ってしまった。

 5月12日にはブルージェイズと対戦し、相手の先発ロイ・ハラデイにあっけなく完投を許した。ハラデイがリーグを代表する好投手なのは百も承知だが、それにしてもヤンキース打線が無抵抗のまま次々と凡打を重ねる様は印象が悪かった。5回まで4球以上を投げさせた打者はたった1人しかいなかった。

 かつてのヤンキースは、全盛期の恐るべきペドロ・マルチネス(当時はレッドソックス)と対しても、一丸となっての粘りで数多くの球数を投げさせた。そして疲れさせた上に打ち崩すか、あるいは早い回にリリーフ投手を引きずり出したものだった。あの誇りと闘志に満ちた最強軍団は、いったいどこにいってしまったのか?

 ヤンキース黄金時代の重鎮たちが体現した「戦士の誇り」は、ロビンソン・カノー、メルキー・カブレラら若手には継承されていない。マーク・テシェイラ、CC・サバシアら新加入の大物にはまだ遠慮が見てとれ、リーダーシップを発揮するには至っていない。さらに黄金期の生き残りであるジーター、マリアーノ・リベラらがタイミング悪く衰えを見せ始めている。結果として実に平坦で、エモーションの乏しいチームが出来上がってしまった。

 今季、ヤンキースは約15億円もの大金を投じて建設した新球場をオープンした。そしてこの新スタジアムも、今のところ様々な形で批判を浴びている。
「チケットが高価過ぎて一般のファンに手が出せない」「よってコアなファンではなくセレブリティばかりが集まるため、歓声が少ない」「ホームランが出過ぎて試合が大味になってしまう」……etc。
(写真:豪華な新球場の評判も今のところ芳しくない)

 筆者もこの新ヤンキースタジアムがどうも好きになれない。確かに奇麗で豪華なのだが、まるでチームの威容を見せつけるミュージアムのようで、実際に野球を見るファンの気持ちを考えて作られたとは思えないからだ。
 そして少々飛躍させると、この新球場はヤンキースのメンタリティの欠陥を象徴しているようにも思える。

 昨季、89勝を挙げたチームに、CC・サバシア、AJ・バーネット、マーク・テシェイラらスーパースターが加入。これで大きな戦力アップ、優勝争いは必然と思いきや、ベースボールはそんなに簡単なものでもなかった。
 背後にスピリットが備わっていなければ、看板がどんなに奇麗でも意味をなさない。ファンも喜びはしない。どんなにゴージャスな球場を作ろうと、どれだけのスターを金で集めようと、チャンピオンシップは金では買えないのだ。

 今後、今季のヤンキースがどんな方向に向かって行くのかはわからない。
 とりあえず現時点で前途が有望なようには見えないし、劇的な転換が可能かどうかも疑わしい。シーズン中にさらなる補強に挑もうと、「粘り」と「闘志」、「王者のプライド」は簡単には手に入るまい。

 タフネスを失った元王者がこのまま無気力なプレーを見せ続け、すでに空席だらけの新球場がさらに空っぽになっていっても、もう誰も驚くべきではないのだろう。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト スポーツ見聞録 in NY
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