ここまで打ちまくれば、もはや「春の椿事」と一笑に付すことはできまい。
 5月10日現在、115打数43安打、打率3割7分4厘。巨人の坂本勇人が当たるを幸いとばかりに打ちまくっている。

 坂本といえば、昨年、初めてレギュラーの座をつかんだばかりのプロ3年生。21歳の表情には、まだあどけなさが残る。21歳の首位打者となればイチロー以来だ。
 打者としての坂本の最大の長所は何か。それは内角打ちの巧さである。内角球のさばきき方は、とても高校を出て3年目の選手のそれとは思えない。

 昨季限りで引退した清原和博の例を持ち出すまでもなく、右打者の多くが内角に弱点を抱える。そこが弱点と分かれば、プロの投手は、まるで傷口にシオでも擦り込むかのように、徹底して攻めてくる。
 内角を意識し過ぎると、今度は外のボールが余計に遠く見え始める。投手からすれば思うツボだ。つまり内角に明らかな弱点を抱える打者は、最終的には外角も打てなくなるのだ。
 ところが坂本は内角球を全く苦にしない。投手がそこを攻めてこないため、昨季は苦手にしていた外角球にも目がついていくようになった。投手からすればお手上げ状態だ。

 ではなぜ、かくも坂本は内角球をうまく裁けるのか。あまり知られていないことだが、実は彼は元来、左利きなのだ。左利きの右打者。右利きの左打者は掃いて捨てるほどいるが、その逆は稀だ。
 利き腕が左ゆえ、内角球に対しうまく腕をたたみ、スイングをリードすることができるのではないか、と私は見る。これまで、日本にはあまりいなかったタイプの右打者の出現だ。
 イチローなどの影響もあり、少年野球では“右投げ左打ち”が幅を利かせている。高校野球もそうだ。坂本の活躍はそうしたトレンドを一変させるきっかけになるかもしれない。

<この原稿は『週刊ダイヤモンド』09年5月23日号に掲載されたものです>

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