人を見て法を説け――。東北楽天・野村克也監督が好んで使う言葉だ。「10人いたら、指示の仕方は十色あるはずですよ。だからAという選手に通用するやり方がBという選手に通用するとは限らない」

 野村監督というと“球界の教祖”のようなイメージがあるが、決して自らの考えを選手に一方的に押しつけようとはしない。野球に関する基礎的な知識は授けても、そこからは自分で考えろ、というタイプ。選手を鋳型にはめることを良しとしない。

 その典型が目下、パ・リーグの首位打者街道をひた走る社会人・大学生ドラフト(2005年)8巡目指名の苦労人・草野大輔だ。入団当初、小柄な草野に対し、ノムさんは「バットを短く持て」と指示した。しかし、結果が出ない。長いバットを使い始めると、いきなり結果がついてきた。
「“オレとオマエじゃバッティングに関する考え方が違う。だから話ができない”と監督には言われています」と草野。これこそ最上の褒め言葉だろう。

 自らの考えとは相容れなくても、一家言持つ選手をノムさんは好む。その一方で“指示待ち族”に対しては落胆の色を隠さない。過日、こんなボヤキを口にした。
「うちのキャッチャーに悪いことを教えたのを後悔しているんです。困ったら原点へいけ、と。そうしたら、原点ばかり投げさせる。お前、全部困っているのかと……」
 リードで困ったら、原点に返れ、すなわちアウトローにミットを構えろ、とノムさんは説くが、最近の若い捕手は本当に困る前からアウトローにミットを構えているというのだ。

 キャッチャーは迷ったり、悩んだりしながら成長していく生き物。それは苦しいと同時に楽しい作業でもある。そこを素通りして得られるものは何もない――。ノムさんの本音はそこにある。老将のボヤキは若い選手にとって貴重な人生訓である。

<この原稿は『週刊ダイヤモンド』09年7月11日号に掲載されたものです>

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