Sバンタム級4団体統一王者・井上尚弥、KO防衛! WBOバンタム級・武居由樹は比嘉大吾との日本人対決制す ~ボクシング世界戦~
3日、ボクシングのダブル世界戦が東京・有明アリーナで行われた。メインイベントの世界スーパーバンタム級4団体統一タイトルマッチは王者の井上尚弥(大橋)がWBO同級2位のTJ・ドヘニー(アイルランド)を7ラウンド16秒TKOで破った。WBO世界バンタム級タイトルマッチは、王者の武居由樹(大橋)が同級1位の比嘉大吾(志成)に判定勝ち。初防衛を果たした。WBA世界スーパーライト級挑戦者決定戦は同級6位の平岡アンディ(大橋)が暫定王者のイスマエル・バロッソ(ベネズエラ)を9ラウンド2分58秒TKOで破り、正規王者ホセ・バレンズエラ(アメリカ)への挑戦権を得た。
結末は突然だった――。7ラウンド開始早々、ラッシュを仕掛ける井上。ロープ際でドヘニーが左拳を挙げ、何かをアピールする。それに気付いた井上は手を止め、相手から離れた。腰に手を当てて足を引きずるドヘニー。そしてゴングが打ち鳴らされ、4団体統一王者のTKO勝ちが決まった。試合後、井上は「内容的にはこれからだったが、結果としてこうなったのは仕方がない」と振り返った。
午後8時15分過ぎ、観客の多くが待った主役の登場だ。シルエットに映し出された井上は、シャドーで観客の期待感を煽る。白い布が剝がされると、井上は左拳を挙げて観客の声援に応えた。入場曲の『Departure』(TVドラマ『Good Luck』のメインテーマ)が流れる中、悠々とリングに向かう。そしてリングインと同時に右拳を挙げた。
「シャープで丁寧に」。これが井上陣営の今回のテーマだった。1ラウンドはじっくりドヘニーとの距離を詰める。相手が不用意に飛び込んでこないせいか、互い手数はそれほど多くないまま最初の3分間を終えた。2ラウンドはドヘニーをロープ際に追い込むもクリーンヒットを奪うまでではなかった。
3、4ラウンドはどこか踏み込む足(左足)の置き所を探っているように映った。ジャッジペーパーを見ると、それぞれ2者が10-9でドヘニーを支持していた。井上の感覚としてはこうだった。
「まあ正直出来が悪いとは思っていない。ドヘニーほどのキャリアの選手がああいう戦い方をしたら仕方ない。相手あってのボクシングだと皆さんわかっている。あの相手に自分としては丁寧に最善を尽くせた。その中でガードの上から打たせようとか、突破口を開こうとしました」
丁寧な立ち上がりから探るようにして迎えた中盤から徐々にギアを上げていく。「6、7ラウンドからプレスを強めていく。12ラウンドを通して組み立てた」と井上。6ラウンド終了間際にラッシュを掛けて相手を追い込んだ。そして7ラウンド早々にもラッシュ。相手の棄権により、勝敗は決した。
試合後の会見にドヘニーは現れなかった。陣営のヘクター・バミューデストレーナーは「腰の神経を痛めていた。(7ラウンドの)コンビネーションで痛めたように見えたかもしれないが、前のラウンドで痛めていた」と言う。プロモーターのマイク・アルタムラ氏も「6ラウンド目に腰にパンチが当たって痛めてしまった。コーナーに戻ってきてからも、しっかりと立て直せるとと思ったんですが、7ラウンド目に少しさらに痛みが悪化してしまった」と説明した。
ドヘニーは前日計量を55.1kgでパスした。当日は11kg増量して迎えたという。「多少(身体のでかさは)感じたがびっくりするほどではない」と井上。大橋秀行会長は「腰を痛めた原因かなと思っている」との見解を示した。井上も「今回は増やせるだけ増やしてみた。技術が落ちない程度に、どこまでリカバリーできるかを試したかった」と前日計量時の55.3kgから7kg以上戻して試合に臨んだ。本人は「若干重たいと感じた」と口にした。
今後に向けてはプロモーターのボブ・アラム氏がリング上で、「年内に1試合東京でやって、来年はラスベガスで大きなイベントをやりたい」との意向を示した。井上も12月の可能性を認めつつ、「会長と話し合って決めたい」と話すにとどめた。
セミファイナルの日本人対決は、現在激戦区となっているバンタム級だ。4団体の王者はいずれも日本人。それを虎視眈々と狙う選手たちが集まっている。この日、WBO王者の武居はWBCフライ級元王者の比嘉と対戦。師事する八重樫東トレーナーが現役時代指導を受けた野木丈司トレーナーの下で再起を図ったてきた「大吾さん」と呼ぶ相手だ。3日前の計量時には「大吾さん、すみません。バチッと倒させてもらいます」とKO宣言をしていた。
序盤は静かな立ち上がり。互いに見えないパンチの打ち合いでもしているかのように、手が出なかった。50秒を過ぎたあたりでようやく武居が左ジャブを突いた。比嘉は距離を詰めて接近戦に活路を見出そうとしてた。鋭いステップインから武居に襲い掛かり、場内を沸かせた。
試合が動いたのは11ラウンド。比嘉のカウンターの左フックを食らった武居がキャンバスに沈む。比嘉は「いいフックが当たったが、ダウンを取れるとは思っていなかった」と言う。一方、武居は「床が滑った」とスリップをアピールしたがダウン判定。このラウンドは比嘉が逃げ切った。
迎えた最終ラウンド。武居は「自分は点数(判定)を計算できない。このままだと印象良くないと思ったので、とにかく倒しに行こうとガンガン前に出た」と攻め続けた。対する比嘉は「(ペースが)落ちてしまった」と防戦一方に。距離を取ったり、クリンチをしたりして相手の連打を回避しようとしたが捕まった。「セコンドから“距離をつぶせと”と言われたができなかった」と足は使えなかった。それでもダウンこそされずラウンド終了。勝敗の行方はジャッジに委ねられた。
ジャッジ1人は115-112で武居を支持、残りの2人は114-113と僅差で武居に付けた。ユナニマス・デシジョン(3-0)ではあったものの、最終ラウンドの結果次第では勝者と敗者がひっくり返るという僅差だった。レフェリーから左を挙げられた際も武居は苦い顔。それだけ苦しい戦いであったのだろう。リング上で「勝ちに納得できていない」と初防衛にも笑顔はなかった。
敗れた比嘉は晴れやかな表情で試合後の会見に臨んだ。「やり切った感が強いです」と引退も示唆。「武居くんはガードの上からもパンチが強く、出所がわかりづらく、距離感もうまかった」と対戦相手を称えた。野木トレーナーをはじめ、所属事務所の関係者などに感謝の気持ちを述べた。6年7カ月ぶりとなった世界戦を「やり切った。それだけ。悔いはない」と振り返った。
試合後、武居はリング上で「天心くん頑張ってください。応援しています!」と、来月(10月14日)、WBOアジアパシフィック・バンタム級王座決定戦に挑む那須川天心(帝拳)へエールを送った。その真意について武居はキックボクサー時代からの想いを述べた。
「K-1時代から戦いたいと思っていた。残念ながら交わることはなかったが、彼がボクシングに転向すると発表してから自分もボクシングにいってみようと考えました」
10月13日にはWBC世界バンタム王者の井上拓真(大橋)が、同級3位の堤聖也(角海老宝石)と有明アリーナで対戦。翌14日には那須川と同会場でWBC王者の中谷潤人(M.T)も防衛戦を行う。白熱必至の国内バンタム級戦線。なお火種は燻っているようだ。
(文/杉浦泰介、写真/大木雄貴)