手負いの狼ほど恐ろしいものはない。自ら獲物を襲うことはないが、自らのテリトリーを脅かされると牙をむいて猛然と逆襲に転じる。カープの前田智徳を見ていると、そんな印象を抱いてしまう。
 度重なるケガが原因で昨季は一軍ベンチに入らなかった前田が代打屋として甦った。11日、ハマのクローザー・山口俊から686日ぶりのアーチを架けると、16日には中日の浅尾拓也からサヨナラヒットを放った。その仕事ぶりはさながら腕利きの用心棒だ。
 足の故障もあり、守備には不安が残る。しかし、かつて落合博満が「天才」と評した打撃技術は少しも錆びれてはいない。手間ひまかけずに一振りで相手を仕留めにかかる。故障続きの前田にとって代打屋稼業は最後の居場所といっていいかもしれない。

 偶然なのか必然なのか、前田の素質にいち早く注目し、熱心に口説いたスカウトも、かつては代打屋として名を馳せた。現広島スカウト顧問の村上孝雄。旧姓宮川孝雄である。
 少年の頃、いつも不思議に思っていた。なぜ、彼ほどの強打者が代打屋なのか。スタメン出場しないのか。過日、40数年来の疑問を本人にぶつけてみた。
「当時のウチのクリーンアップは大事な時にあんまり打てんかった。大和田明も興津立雄もな。それで(当時の監督の)長谷川良平さんがワシに言うたんや。“ウチのクリーンアップは頼りにならんから、オマエが最後は決めてくれ”と。代打は一流の投手の一級品のボールを打たんことには仕事にならん。確かな技術がないとこの仕事はできんのです」
 代打での通算安打は187本、同じく代打での通算打点は118。村上が残したこれらの数字は今でもプロ野球記録である。

 話を前田に戻そう。熊本工3年春の大会で、彼はセンターまで約122メートルある藤崎台球場のスコアボードを直撃する本塁打を放った。その一撃に村上はひと目ぼれした。「ワシの50年のスカウト人生で、あれほどのバッターはおらんね」
 プロ入りが決まった直後、村上は前田にこう言い聞かせた。「プロはな、ここぞという場面で一線級を打たんことにはメシがくえんぞ」。一振り稼業を極めた老スカウトの目に勝負どころで牙をむく、かつて「天才」と呼ばれた男の姿は、どう映っていることだろう。

<この原稿は10年4月21日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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