夏場が近づいても、松井秀喜がなかなか全開といかない。
 6月中旬のドジャース3連戦では計8打数4安打5打点と大爆発。これで一気に波に乗るかと思いきや、続くブルワーズとのシリーズでは3試合でわずか1安打のみ。この時点で打率.は261まで落ち込んだ。メジャー通算150本塁打まであと1本と迫りながら、もう10試合も足踏みを続けている。
 特に内容の悪い打撃に終始(4打数0安打)した6月16日のブルワーズ戦後には、松井本人も「うーん、打ち損じが多かったかな」と渋い顔だった。
(写真:記者たちに囲まれる松井の表情も浮かないことが多い)
 所属するエンジェルスの方も、決して誉められた状態と言えない。6月17日現在で貯金5を保っているものの、シーズントータルでの得失点差ではマイナス12。しかもケンドリー・モラレス、エリック・アイバー、マイセル・イズタリスとケガ人も続出し、連日苦しい布陣での戦いを強いられている。

 ただそれでも、エンジェルスは現時点で首位にわずか2.5ゲーム差で地区2位。これまでの紆余曲折を考えれば、この位置にいるのは不思議にすら思える。
 苦境下でも脱落しないで済んでいる最大の理由は、彼らが必ずしも強力とはいえないアリーグ西地区に属していることなのだろう。ここまでレンジャーズが首位を走っているが、決して難攻不落の相手ではない。後続のアスレチックス、マリナーズが今後、急上昇してくるとも考え難い。総合的に見て、今季のアリーグ西地区はメジャー屈指の弱体ディビジョンと言ってよい。

 さらに言えば、過去5年間で4度も地区優勝を飾って来たエンジェルスは(少なくともこの地区内で際立つくらいのレベルでは)勝ち方を知っている。16日の試合では、なんと本来は捕手のマイク・ナポリが一塁手、三塁手のブランドン・ウッドが遊撃手、二塁手のケビン・フランドセンが三塁手を務めるスクランブル体制で臨み、それでもブルワーズに5−1で勝利を飾った。

「もちろん内野手を2人も失えば厳しいけど、マイク(・ソーシア監督)はこういった状況での対処方法を知っているんだ」
 先発したジョエル・ピネイロ投手がそう語った通り、この日の勝利は知将ソーシアの面目躍如。ゴロを打たせることが多いシンカーボーラーのピネイロ登板日に、急増内野陣を信じた度胸には恐れ入った。
「投手さえ良ければなんとかなるもの。先行きにも自信を持って行けるよ」とソーシア監督は試合後にコメント。実際にこのまま煮え切らないチーム状況だったとしても、地区内のいずれかの球団が大型補強でも行なわない限り、依然としてエンジェルスが本命と言えるのではないか。
(写真:過去5年で4度も地区制覇の強豪は今季も底力を示せるか)

 ただ、だからといって、このままの状態で地区優勝以上を狙えるかと問われたとき、「イエス」と答える識者は全米を探しても皆無だろう。
 エンジェルスは例年、地区内で好成績を残して騒がれるが、プレーオフではあっさりと敗北するパターンを繰り返している。まだ気が早過ぎると言えばそうだが、しかしここまで見る限り「今季は違う」と信じるに足る根拠は余りに乏しい。

 未来に希望を抱くために……やはり松井の打棒爆発はどうしても必要になってくるのではないか。ボビー・アブレイユ、トリイ・ハンター、ファン・リベラなど、エンジェルスの主力打者は才能に溢れていても、やや勝負弱さを感じさせる選手たちばかり。その中において、昨秋に大舞台での強さを改めて証明した松井の存在は今後ますます重要なものになってくるように思える。

 ひとつ個人的な主張をすると、松井のバットを失うリスクを回避し、コンディションを保たせるため、たとえ本人が望もうともう守備につかせることは避けるべきではないか。パワーではチーム1のモラレスを失った今、この上さらに松井の膝が悪化するようなことがあればエンジェルスには致命傷になりかねない。
(写真:守備につかせるのはもう控えるべきではないか ※写真はヤンキース時代)

 さらに、夏場に向けて何らかの形での補強策はやはり不可欠だ。具体的にはトレードが手段となってくるが、しかし今の時点ではレッドソックスで余剰戦力になっているマイク・ローウェル、パイレーツから戦力外通告を受けた岩村明憲あたりくらいしか選択の余地はない。そしてこの2人も、チームに大きなインパクトを与えるプレイヤーとは思えない。
「今季のエンジェルスはこれ以上の大枚を叩くつもりはない」といった噂も聞こえてきている。トレード期限前までに大物がマーケットに出たとして、動くかどうかはかなり微妙。様々な制約がある中で、ソーシア監督にどうやって新たな駒を与えるか、フロントの手腕も問われてくるだろう。

 いずれにしても、3割打者をずらりと揃えた昨季と比べて、今季のエンジェルスのパッチワーク状態での奮闘は、ある意味でより見応えがある。このまま沈まずに、なおかつ秋に期待をもたせるような状態まで持っていけるか。そして松井は新天地でも再びシャンパンを浴びることができるか。
(写真:ここまでの松井は入団時の期待に応えているとは言い難い)

「天使の街(ロスアンジェルスの愛称は「シティ・オブ・エンジェル」)」の強豪の行方に、まだまだ注目が必要だ。ハリウッド近くに本拠を置くチームらしく、ドラマチックな快進撃を期待したいところである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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