セ・リーグにおいて広島の盗塁数38は巨人と並んでリーグトップながら順位は5位である。
 パ・リーグに目を移すと盗塁数トップは福岡ソフトバンクの59で2位・西武を22も引き離しているが順位は3位である(いずれも数字は5月13日現在)。
 こう見ていくと、盗塁は一般的に言われるほど勝利に貢献しないのではないかという疑念が頭をもげてくる。

 おそらく盗塁の効果について、世界でイチ早く異議申し立てをしたのはオークランド・アスレチックスの名GMビリー・ビーンだろう。
 ビーンといえば弱者が強者を倒すための兵法『マネー・ボール』(マイケル・ルイス著)の主人公である。
 2000年代前半、アスレチックスは費用対効果世界一のチームだった。
 00年、91勝70敗。
 01年、102勝60敗。
 02年、103勝59敗。
 03年、96勝66敗。
 4年連続でポストシーズンゲームに進出した。
 続いて投資額(選手平均年俸)。
 00年、115万6925ドル(MLB30球団中24位)
 01年、125万2250ドル(同29位)
 02年、146万9620ドル(同21位)
 03年、188万9685ドル(同20位)
 世界一の“金満球団”ニューヨーク・ヤンキースの約3分の1の投資額でほぼ同等の成績を収めることに成功したのだ。

 ビーンが何よりも重視した数字は「出塁率」である。
 考えてみれば野球とは単純なゲームである。27個、アウトを奪われる前に相手より1点でも多く得点を挙げればよい。バントはみすみすアウトをひとつくれてやるようなものだから、これは論外。
 問題は盗塁だ。成功するか失敗するかは走ってみなければわからない。科学的なデータを用いて検証してみた結果「先のベースでアウトになる確率が3割」を超える見通しであるのなら、これを使わないようにとフィールド・マネジャー(監督)に命じた。
 これによりアスレチックスはメジャーリーグ30球団の中で最も特色のあるチームになった。
 ビーンが推進した「マネー・ボール」の白眉は02年だろう。盗塁数46はメジャーリーグ最小ながら、アスレチックスは同年のメジャーリーグ最多タイの103勝も記録した。
 つまり、いかに盗塁はチームの勝利に貢献しないかを証明してみせたのである。

 内野守備コーチのロン・ワシントン(現レンジャーズ監督)によれば「(監督のアート・ハウが盗塁の)ゴーサインを出したのはたったの9回だった」とか。
 ランナーを溜めて長打で得点する――。こちらの方がはるかに得点効率がよく、勝利に直結する野球だというビーンの持論を疑う者は、もういなかった。

 このように00年代前半、我が世の春を謳歌したアスレチックスだが、ワールドチャンピオンには縁がなかった。
 ポストシーズンゲームでの戦績は4年間全てにおいて地区シリーズ敗退だった。
 なぜレギュラーシーズンでは圧倒的な強さを発揮するアスレチックスがポストシーズンゲームに入ると失速してしまうのか。
 その原因もまた盗塁だった。

 レギュラーシーズンは目先の1勝に振り回されない。トータルで何勝するかということが重要である。
 そのために「先のベースでアウトになる確率が3割」を超える盗塁を排除したビーンの戦略は正しかった。
 しかし、目先の1勝が重要な意味を持つポストシーズンゲームでは、時として相手の意表を突く作戦も必要になってくる。ひとつの大胆なプレーがシリーズの流れを変えるのはよくあることだ。
 いくら103勝したチームでも、盗塁が約4試合に1個では相手は脅威を抱かない。ランナーの足を警戒する必要がないのだからバッテリーも楽である。精神的に優位に立ってシーズンに臨めることは言うまでもない。
 本当に強いチームはレギュラーシーズンとポストシーズンゲームで戦い方を変えることができる。選手層の厚みが前提条件となることは言うまでもない。
 日本の球団がアスレチックスの成功と失敗から学ぶことはたくさんある。

<この原稿は2010年6月8日号『経済界』に掲載されたものです>

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