1カ月に及び激闘を繰り広げてきた南アフリカW杯はスペインの優勝で幕を閉じた。パス成功率80%は出場32チーム中トップ。まるでマタドールが闘牛の牛を操るような華麗で精緻なサッカーだった。

 スペイン代表の中核を担ったのはバルセロナの選手たちだ。決勝の先発メンバーを見ると、09−10シーズンでバルセロナに籍を置く選手たちが6名、さらにW杯終了後から加入するダビド・ビジャを含めれば11名中7名がバルセロナということになる。他のクラブからはレアルマドリッド3名、ビジャレアル1名。ただし、この4名のうち、3名はGKと両サイドバックであり、中盤に入ったシャビ・アロンソ以外はバルセロナで固められていたのだ。代表チームがここまで一つのクラブで固められているのは珍しいケースといえよう。

 ビセンテ・デル・ボスケ監督は「チームの中にはビッグクラブだけでなく、小さなクラブの選手もいる」とバルセロナ頼みを否定しているが、ポゼッションを高め、細かいパスを繋ぎながら敵陣深くに侵入していくスタイルはバルセロナのサッカーそのものだった。

 バルセロナの主将でありスペイン代表のDFリーダーといえばカルレス・プジョルだ。彼はバルセロナと代表での役割について「どちらでも最も大切なのはチームとしてまとまること。ただ、求められていることはほとんど同じだよ」と語っていた。センターバックを組むジェラール・ピケもバルセロナの選手。気心知れた2人が最終ラインを統率した。その結果が優勝チームとしては最少の2失点だった。

 選手にとってクラブでのプレーが基本

 一方で、岡田武史監督に率いられた日本代表は戦前の予想を覆し決勝トーナメントへ進出した。「ベスト4」の目標には届かなかったが大健闘といっていいだろう。

「ほとんどの選手がJリーグでやっているので、これからはJリーグへ足を運んで盛り上げてくれたらと思います」。パラグアイ戦で敗れたあと、主将の長谷部誠はこう語った。言うまでもなく選手たちの活動基盤はクラブである。クラブで認められた者が代表に招集される。南アフリカでの日本の試合は深夜にも関わらず高視聴率を記録した。この熱気をJリーグにそのまま持ち込みたい。つまりJリーグを知れば、世界のサッカーをもっと面白く見ることができるのだ。

 Jでは阿部勇樹のFKに注目!

 W杯直前になって、一気に注目度を高めた選手といえば浦和レッズの阿部勇樹だ。高い適応能力を持つため、これまで各ポジションのDFやMFのバックアッパーとして使われることが多かった。ユーティリティプレーヤーぶりを証明するように、岡田監督は阿部を左サイドバックで起用したこともある。しかし南アフリカW杯では本職である中盤の底として、岡田ジャパンの屋台骨を荷った。初戦のカメルーン戦では最終ラインまで下がり、幾度となく危険なクロスボールをはね返していた。今大会ではまったフォーメーション4−1−4−1は阿部の存在なしには考えられない。決勝トーナメント進出の陰の立役者は間違いなく阿部だった。

 それでも、南アフリカで阿部の才能がすべて発揮されていたとは思えない。彼がサイドチェンジを試みることは少なく、守備に追われる場面ばかりが目についた。だからといって阿部を責めることはできない。岡田監督は守備重視の布陣を敷き、その中心に阿部を位置付けた。それ以上の仕事を岡田監督は阿部に求めていなかった。

 なるほどと思うデータがある。日本のロングパスの成功率は36%でこれは出場32カ国・地域の中で最低だったのだ。強く長いパスを不得手とする日本の現状が浮かび上がった。これは次回大会までの改善点だ。アンカーの阿部から前線に長いスルーパスが通るようになれば、日本のサッカーは次のステージに到達することができるだろう。

 付記すれば、阿部はフリーキックの名手でもある。南アフリカでは本田圭佑と遠藤保仁が直接フリーキックを決めたが、彼の右足から放たれるシュートもキラリと光るものがある。浦和では今季も直接フリーキックを1本決めており、4年ぶりの覇権奪回に向け彼の右足は不可欠だ。ぜひJリーグではその点にも注目してほしい。

 代表を躍動させた大久保嘉人の積極性

 もうひとり、W杯で名を上げた選手といえば大久保嘉人だろう。ヴェッセル神戸ではFWを本業としているが、代表では左サイドMFとして攻撃を組み立て、逆サイドの松井大輔とともに日本の攻めを牽引した。さらに後方に構える長友佑都と連係し、対峙した世界屈指のサイドアタッカーを抑えてみせた。カメルーン戦ではサミュエル・エトー、デンマーク戦ではデニス・ロンメダールというスピード豊かな選手たちに仕事をさせなかった。イタリアへの移籍を決めた長友の守備が光った背景には大久保の積極果敢なディフェンスがある。

 左サイドでも器用なところをみせた大久保の最大の長所はゴールを狙う貪欲な姿勢だ。W杯でも攻撃にテンポをつけるミドルシュートを放っている。大久保が4試合で放ったシュートは6本。そのうちゴールの枠をとらえたものは3本だ。ゴールをあげることこそできなかったが、大久保の野性味あふれる突破が敵に与えたプレッシャーは小さくなかった。

 大久保は今季のJリーグでサポーターの記憶に残るスーパーゴールをあげている。第11節ジュビロ磐田戦、後半11分のシュートだ。ゴールから約30m付近での競り合いからこぼれてきたボールをダイレクトで右足を振り抜いた。シュートは美しい軌道を描きながらゴール右隅へと吸い込まれていった。

 このゴールが生まれたのはW杯メンバー発表の直前だったことも忘れてはならない。23名のメンバーが出揃うまでFW争いは熾烈を極めていた。第2節でゴールを決めて以降7試合でゴールのなかった大久保にとって、このゴールは岡田監督への大きなアピールになったはずだ。今思えば、南アフリカでの活躍を予感させるゴールだったのかもしれない。「ゴールの可能性があれば、まずシュート」。Jリーグではさらにレベルアップした大久保のプレーが見られるはずだ。

 最先端のサッカーはクラブから生まれる!!

 W杯が終了し、長友、川島永嗣といった若い選手たちが海外へと活躍の場を求めている。元々、彼らはJリーグでも素晴らしいプレーを見せており、足りないのは自信と経験だけだった。選手の個性や特徴を引き出すのも監督なら、殺すのも監督である。前述の阿部や大久保が輝いたのも、岡田監督がとったリアクティブ型の戦術がはまったためだ。逆に言えば、次の日本代表監督が好む選手と岡田監督が起用する選手は重なるとは限らない。新しい日本代表監督は8月頃に決定すると言われている。果たしてそれは誰になるのか。

 現時点での最有力候補は南アフリカW杯でチリ代表を決勝トーナメントに導いたアルゼンチン人のマルセロ・ビエルサ。しかしチリ協会のハロルド・マイネ・ニコルス会長は「15年の南米選手権まで続けて欲しいと思っている。チリを率いるなら、彼以上の人材はいない」と最大級の評価をしており、手放すかどうかは微妙だ。ひとつネックがあるとすれば次回14年W杯はブラジルで行なわれるということである。仮にW杯に出場できたとしてアルゼンチン人に率いられた日本代表をブラジルのサッカー関係者が支持するだろうか。老婆心ついでに言えば、ビエルサはブラジル人にとっては“旧敵”である。日本代表がとばっちりをくうことはないだろうか。

 そこで浮上してくるのがブラジル人のオズワルド・オリヴェイラ。07年、鹿島アントラーズの監督に就任し、Jリーグ史上初となるリーグ3連覇を達成した。日本サッカーの情報にも精通しており「安定感ならピカイチ」という声が協会内部から出ている。

 日本人のポスト岡田一番手といえば、ガンバ大阪監督の西野朗だろう。早大サッカー部では岡田の2学年先輩にあたる。アトランタ五輪代表監督として、チームを28年ぶりの本大会出場に導き、ブラジルを撃破したことは記憶に新しい。クラブの指導者としても能力を発揮し、08年にはガンバをアジア王者に導いた。岡田路線を引き継ぎ、さらに上積みを期待する上では最適の人材といえるかもしれない。

 最後に希望をひとつ。Jリーグにもそろそろ日本サッカーの基礎となる“リーディングクラブ”が出現してもいいのではないか。すべてがクラブのコピーとなる必要はないが、日本人でも世界へ向けて戦えるサッカーを日々探求し、それをそのまま代表に持ち込むという強化方法があってもいい。70年代のオランダにおけるアヤックス、80年代のイタリアを牽引したACミラン、そして現在のバルセロナとスペイン代表の関係。時代の最先端を走るサッカーは、代表からではなくクラブから生まれている。そしてそれをそのまま代表へ持ち込んだことで、彼らは成功を手にしてきたのだ。日本も海外のこうした事例から学ぶべきだろう。

 日本初! スカパー!でJリーグ3D生中継決定!
 7月24日(土)浦和×広島戦など18試合を放送予定



【2010Jリーグ 第13節】
7月17日(土)
大宮アルディージャ × 名古屋グランパス(18:00、NACK)
FC東京 × ヴィッセル神戸(18:30、味スタ)
清水エスパルス × ジュビロ磐田(18:30、アウスタ)
モンテディオ山形 × ベガルタ仙台(19:00、NDスタ)
鹿島アントラーズ × 川崎フロンターレ(19:00、カシマ)
アルビレックス新潟 × セレッソ大阪(19:00、東北電ス)

7月18日(日)
京都サンガ × 湘南ベルマーレ(18:00、西京極)
ガンバ大阪 × 浦和レッズ(18:00、万博)
サンフレッチェ広島 × 横浜F・マリノス(19:00、広島ビ)

【2010Jリーグ 第14節】
7月24日(土)
浦和レッズ × サンフレッチェ広島(18:00、埼玉)
ジュビロ磐田 × 鹿島アントラーズ(18:00、ヤマハ)
セレッソ大阪 × モンテディオ山形(18:00、長居)
ベガルタ仙台 × アルビレックス新潟(19:00、ユアスタ)
横浜F・マリノス × ガンバ大阪(19:00、日産ス)
名古屋グランパス × 清水エスパルス(19:00、瑞穂陸)

7月25日(日)
湘南ベルマーレ × FC東京(18:00、平塚)
ヴィッセル神戸 × 大宮アルディージャ(18:00、ホームズ)
川崎フロンターレ × 京都サンガ(19:00、等々力)

※このコーナーではスカパー!の数多くのスポーツコンテンツの中から、二宮清純が定期的にオススメをナビゲート。ならではの“見方”で、スポーツをより楽しみたい皆さんの“味方”になります。
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