身に覚えのないことなら堂々と明記すればいい。相撲協会執行部は、いったい何を恐れているのか。「ガバナンス(統治)の整備に関する独立委員会」(奥島孝康座長)がまとめている暴力団排除対策案から八百長行為の禁止と罰則に関する規定が消えたという話を関係者から聞いた。「そもそも八百長はない」と執行部から突き上げられたからだという。
 これが本当ならおかしな話だ。「痛くもない腹をさぐられないためにも、どうぞ対策案に盛り込んでください。これで世間の疑惑も少しは晴れるでしょう」と協会自ら申し出るのが筋だ。ましてや今は非常時だ。世間の視線は殊の外、冷たい。執行部の抗議を受け、あっさりと撤回してしまう独立委員会にも骨っぽさが感じられない。
 協会の寄付行為を見れば確かに「故意による無気力相撲懲罰規定」なるものはある。<故意に無気力相撲をした力士に対する懲罰は、除名、引退勧告、出場停止、減俸、けん責とする>。処分は5段階からなるが、わざと負けても<けん責、減俸、出場停止>で済むというのは甘すぎる。処分は<除名>に一本化すべきである。

 独立委員会が暴力団対策の参考にしているプロ野球を見てみよう。<所属球団のチームの試合において、故意に敗れ、又は敗れることを試み、あるいは勝つための最善の努力を怠る等の敗退行為をすること>。これに該当する者は「永久失格処分」、すなわち「永久追放」となる。
 罰則規定の厳しさこそはガバナンスの一丁目一番地であり、世間の信頼を得る上での担保になっていることを忘れてはならない。

 そもそも、何をもって「無気力相撲」と呼ぶのか。これほどわかりにくい日本語もない。さらに言えば、これを判定する相撲競技監察委員会のメンバーは皆、親方衆。つまり身内となれば、フェアなジャッジは期待できないと考えるべきだろう。
 かくして大相撲への疑念は深まり、八百長に関するインサイダー情報を求めて、裏社会の住人たちが暗躍する――この構図を断ち切り、大相撲というかけがえのない伝統文化を闇の淵から救い出すのが独立委員会の任務ではなかったのか。こういう時期だからこそ八百長排除への言及を後退させてはならない。

<この原稿は10年8月4日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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