10月21日、山本化学工業の素材を使用した2011年最新モデルの高速水着『BRS-TX1』(以下、TX1)がFINA(国際水泳連盟)の公式試合水着として許可を取得した。昨年モデルの『BRS-TX2』(以下、TX2)が年度末の2月に許可を得たのに比べ、最新水着は4カ月も早く認められたことになる。昨年度は乗り越えなければならない障害が多かったものの、今年度は昨年とは全く異なるコンセプトで開発に取り組み、より高いパフォーマンスを発揮できる水着が誕生した。

 親水性に富んだ素材を使用し、素晴らしいポテンシャルを持った2010年モデルのTX2から、2011年モデルのTX1へどのような進化を遂げたのか? 山本富造社長はこう説明する。
「大きな違いは2点あります。まずは使用する生地が厚くなったこと。もう一つは生地のストレッチ性を大幅に改善させたことです」

 TX2は生地を薄くすることで、アスリートの体に水着を密着させ水の抵抗を少なくしてきた。一方、TX1では生地に厚さを持たせ、水の抵抗を少なくすることによって生まれる効果よりも多くの利点を作り出すことに成功した。私たちが生地が厚くなったと聞くと、抵抗は大きくなり泳ぐスピードは遅くなると思ってしまう。しかし、ここで生まれた効果は全く逆のものだった。

 まずは薄い水着が伸びることによってできる“生地の目”の開きがなくなったことが挙げられる。生地の目が開いてしまうと、そこを水が通り抜けてしまい、どうしても抵抗を感じてしまう。しかし、水着を厚くすることで目の開きを防ぐことができ、水着の中を水が通りにくくなるのだ。その分、水着の表面を水が流れていき、より多くのスピードを得ることができる。

 もう一つ、生地を厚くしたことで、プライバシーゾーンと呼ばれる胸や下腹部付近へ内側から布を当てる必要がなくなったのだ。競泳水着は速く泳ぐことを追求して作られているものの、水着の中が透けるような構造であってはいけない。そのため、これまで製品化されてきた高速水着にも、必ず内側に布が縫い付けてあった。この布と水着の間に入り込む水の抵抗は、これまでいかんともしがたいものだった。しかし、TX1は水着本来の生地を厚くしたことで、プライバシーゾーンに布を入れる必要がなくなり、胸や下腹部に水着と体の一体感が生まれるようになった。もちろん、この水着で体が透けるようなことはない。「これまでどうしても邪魔になっていた布を取り外したことによって、確実に泳ぎやすくなりました」と山本社長。たった1年で高速水着をさらに進化させただけに、その表情は自信に満ちていた。

 全く違うコンセプトから始まったTX1

 ここ数年、高速水着の趨勢は“締め付けられる”構造になっていた。少しでも水の中での抵抗を少なくするため、体を締め付けてタイムを出すという考えがスタンダードになりつつあった。これに真っ向から異を唱えるのがTX1である。「体に無理な負荷をかけて、タイムが伸びるはずはない」。この考えから、新たな水着は開発されてきた。

「我々にとっては原点回帰なんです」
 山本社長はこう語り、続けた。
「私たちはフリーダイビングやトライアスロン用のウェットスーツを作ってきた素材メーカーです。彼らの命とも言えるウェットスーツに、トップアスリートが求めるのは安心感。まるで赤ちゃんが母親の腕の中で包まれているような素材を作ることに尽力してきました。その技術をTX1へと転化することはできないものか、と考えたのです」

 山本化学工業が世界に誇る最高クラスのウェットスーツ素材、その中にPRO#45という品番がある。世界記録に挑戦するフリーダイバーやアイアンマンレースに出場するトライアスリートを支え続けたPRO#45の技術をもとに新水着を製作した。水着に安心感を持たせるものは着心地だ。装着時に少しでも体が違和感をもてば、それはそのまま「不安」へと変わっていく。

 TX1を着用したスイマーがまず驚くのは、その着やすさだという。
 山本社長の説明。
「多くのスイマーが“こんなに着やすい水着をつけたことがない”と話します。そして必ずこう続けます、“これで速くなるんですか?”と(笑)。締め付ける=着心地が悪い=速くなるというイメージがまだまだ支配的な考え方なんですね。それでも泳ぎ始めれば、すぐに他の水着との違いがわかります。タイムの短縮幅には大小ありますが、速いという体感ができ、より体にフィットしていても、着心地は最高なんです」

 この着心地を実現させたのは、大幅に改善されたストレッチ性だ。従来のモデルよりも40%以上伸び縮みする素材になっている。高いストレッチ性を実現すれば、より体にフィットする水着を作ることができる。山本社長はこの素材を「柔らかく伸びる」と表現した。さらに、優れた伸縮性を持つ水着はそれぞれのスイマーの体形を許容することができる。締め付ける水着とは違い、どの選手でも気軽に身につけることが可能になったのだ。

 2011年モデルとして誕生した『BRS-TX1』は、今後の高速水着の在り方を変えるかもしれない。スイマーの「安心感」から好記録が生まれる。人と水着の幸せな関係を私たちは目の当たりにすることになる。

 山本化学工業株式会社


現在、山本化学工業が海洋生物からヒントを得て開発した「親水性」のテクノロジーが、東京・上野の国立科学博物館で「エコで未来! 自然に学ぶネイチャーテクノロジーとライフスタイル展」(2011年2月6日まで開催)に高速水着として展示されています。