ポスティング・システムは1998年12月に生まれた日本プロ野球からメジャーリーグ(MLB)への移籍制度の1つだ。これまで8人の日本人選手がポスティング・システムを利用しMLB球団と契約した。中でも最も注目されたのは06年オフ、松坂大輔がボストン・レッドソックスへ移籍した際のポスティングだった。松坂獲得のため、レッドソックスが用意した資金は約60億円。日本人として初めてポスティングを利用したイチロー(シアトル・マリナーズ)のケースと比べ、その額は約4倍にも高騰していた――。
 空前のマネーゲームが日米を沸かせた07年の原稿で振り返り、ポスティング・システムが抱える様々な問題点と両国球界が進むべき道を今一度、探ってみたい。
<この原稿は2007年1月号『月刊現代』に掲載されたものです>

 5111万1111ドル11セント(約60億円)――。
 ポスティング・システムでメジャーリーグのボストン・レッドソックスが西武・松坂大輔を落札した金額は当初の予想をはるかに上回るものだった。これにより、松坂のレッドソックス移籍は、ほぼ決定的となった。
 レッドソックスの落札が発表されたその日、松坂は自主トレを行う練習場の視察や代理人スコット・ボラス氏との打ち合わせのため渡米した。
 成田空港での記者会見で、松坂は次のように抱負を述べた。
「やっと(メジャーリーグへ向けて)第一歩を踏み出したという感じがしています。今日、(西武球団の太田秀和)社長から聞くまで、本当にどうなるかわからず緊張していた。いまはともかくホッとしています。
 最高入札額は20億円前後だと思っていました。60億円は想像よりはるかに上でした。破格の金額はアメリカ(のメディア)が煽っていただけだと思っていたので、聞いたときはしばらく信じられなかった。それだけ期待されているかと思うと、うれしい反面、プレッシャーもあります。
 それだけの価値が(自分に)あるのか……。ただプレッシャーがあるからこそ、逆にやってやろうという気にもなる。
(ポスティング移籍を表明してからの)2週間は長かった。こんなに待つのが辛いとは思っていなかった。自分で身体を動かしながら、いつの間にかこんなに時間がたってしまったのかと思えるようにしていました。とくに最後の2日間くらいは早く決まってほしいという気持ちが強かったですね。
 日本でもそうですが、一番は何も心配せず野球に専念する環境。ボストンには行ったことはありませんが、気候的にも練習しやすそうだし、住みやすいイメージがある。
 レッドソックスは歴史のある名門チーム。みんが知っていることで言うと、ベーブ・ルース、サイ・ヤング、テッド・ウィリアムズらですかね。いまは多くの名選手がいることくらいしかわからないです。一番、対戦したいのは、やっぱりイチローさんですね」

 さて今回、松坂の入札に参加したのは5球団。米紙によると、次点入札球団がニューヨーク・メッツで3800万ドル(約44億6900万円)、以下ニューヨーク・ヤンキース3200万ドル(約37億6300万円)、テキサス・レンジャーズ2700万ドル(約31億7500万円)、シカゴ・カブス2500万ドル(約29億4000万円)。総入札額は締めて約204億円――。
 ちなみに、これまでの日本人選手の最高落札額は00年のイチローの1312万5000ドル(当時のレートで約14億1800万円)。いくら松坂が国別対抗戦WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)のMVP投手で、年齢的にも若い(26歳)といっても、イチローの約4倍の入札額は異常だ。レッドソックスの真の狙いはいったい何なのか。

 その前にポスティング・システムについて若干、説明しておきたい。これは1998年12月、日米選手協定の改定によってできたもので、平たく言えばFA(フリーエージェント)権を取得していない選手がメジャーリーグ球団に移籍できる、抜け道的な制度である。
 こう書くと、この制度を利用する選手がワガママのように見えてくるが、実はそうではない。どちらにとって都合がいい制度かといえば、これは明らかに球団側なのだ。
 この制度は96年オフ、千葉ロッテが業務提携の契約を結んだサンディエゴ・パドレスに伊良部秀輝の独占交渉権を与えたことに対し、他のメジャーリーグ球団が猛反発。「機会均等」の名の下に導入された。

 ポスティング・システムによる日本人メジャーリーグ移籍第1号はマリナーズのイチローである。彼は早い時期から「FA権を取得したらメジャーリーグに挑戦する」と明言していた。
 これに慌てたのが所属球団のオリックスだ。オリックスは企業防衛のためにこの制度を利用し、約14億円の移籍金を得たのである。
 このときの経緯を元球団代表の井箟重慶氏はこう明かしている。
「忘れもしません。あの年(00年)、シーズンが終わったとき、(当時の)岡添裕球団社長が、ボクと仰木(彬元オリックス監督=故人)さんを呼んで話があると。会社としてイチローをポスティングで出す、FAで出ていかれては一銭も入らないから決めたという。ボクも監督もそれは絶対にアカン、そんなことをしたらチームはガタガタになってしまうと言いました。とくに監督はそれを強調しましたよ。絶対に出さないでくれと。ボクも出すのなら、次の準備をしてからでなければダメだと反対した。けれど、とにかく会社として出すと決めたのだから了承してくれと。社長にそう言われたら仕方がないでしょう」(日刊ゲンダイ11月7日付)
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