第270回「報道は何を伝えるのか」

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 あっという間に、パリオリンピック・パラリンピックが終わってしまった。

 街のエネルギーと、観客の熱気が大会と一体化し、無観客だった東京とは違う盛り上がりに、悔しい部分はあったものの、スポーツの力、人間の力を感じることができた。

 

(©World Triathlon)

 そんな中で、SNSでの選手への誹謗中傷が問題となったが、個人的にはメディアの中途半端な五輪報道が気になった。まあ「感動ポルノ」と言われるような感動の押し付けに反発して、オリパラのダメなところを強調したいというのは分からなくもない。選手村に空調がなかったとか、食事が悪い、開会式のここが悪いなどなど……。盛り上がっているからこそ、そんなゴシップ的な報道をしたくなるし、一定数の閲覧数も取れるのだろう。人間とはなかなか意地悪な生き物だ。

 

 そこで僕がもっとも気になったのが「セーヌ川水質問題」である。

「パリ市が多額の予算をかけて川の浄化に挑んだが、その効果はなかった」との結論ありきで、「そんな汚いところで競技をするとはけしからん」という風潮にもっていく報道の多いこと。それも、通常トライアスロンがどんな環境でどのように行われているのか知らない人が書いているので、専門家からすれば、どうも的が外れている。そんな人に限って、自らの書きたい方向に合致した選手のコメントを検索してきて、さも多くの選手が言っている、もしくは自身が聞いたような体裁で書かれている。

 

 そもそも、オリンピック開催距離のレースで、トップ選手が参戦している「ワールドトライアスロンシリーズ」は都市で開催されることが多い。今年6戦、アブダビ、横浜、カリアリ(イタリア)、ハンブルグ、威海(中国)、トレモリーノス(スペイン)。このうちハンブルグや横浜など、都会で開催するレースは当然リゾートで泳ぐというわけにいかない。

 

 他の大会でも、マドリードやロンドンなど、都会の街中で行うレースも少なくなく、レベルの高いエリートレースほど、その傾向は強い。その典型が五輪で、東京やロンドン、リオデジャネイロなど、水質が褒められるような場所はなかなかない。しかし、街中でやることにより、トライアスロンが多くの人に見てもらえたり、その街のイメージを上げたり、街が世界に発信されたりする機会にもなる。

 

 また、人が少ない場所でやるスポーツというイメージから、観戦型スポーツへの変化を狙っている競技団体の思惑もある。

 

 

トライアスロンの常識とは

 

 こうして、街や競技団体の思惑は一致する。だが、選手はどうか。

 

 もちろん綺麗なところで泳ぐほうに決まっているが、それ以上に注目される場所で開催し、いろいろな人に見てもらいたい。また、演出的に映える映像になったほうが世界に配信されてことをよく理解している。だから、「こんなところでレースできるんだ!」という感覚もあり、正直水質に対するこだわりは、優先順位が低くなる。つまり、水質より注目される場所でレースしたいというのは、主催者や街の思惑とも一致している。特にこの傾向はオリパラで強くなっているのだ。

 

 

 オリンピック開催都市にとって、街を最も世に露出できる種目はこれまでマラソンだった。ほかのスポーツと違い、街の名所を駆け抜けてくれるので、競技中に街を見せることができる貴重な種目だった。それが、2000年のシドニー大会以降、トライアスロンに目が向けられるようになってきた。オペラハウス前で開催され、五輪マークが入ったハーバーブリッジ周辺での競技映像は相当なインパクトだったのだろう。なので、オリパラ開催都市はトライアスロンの開催場所にこだわりを持つのは当然なのだ。

 

 ともあれ、そんな背景がある中、普段のレースで選手たちがどんなところでレースを行なわれているのかも知らず、スイムの水質問題だけを取り上げているのは東京大会時を回想させ、残念だった。当時も「メディアは水質への質問ばかりで、競技の質問をしてこない」と選手たちがあきれていたのを思い出す。

 

 今回であれば、勝負に大きく影響を与えたのは水流だった。降雨によって加減する水流は、かなり戦略に関わっているので、各国のチームが頭を悩ませていた。だが、プラクティスがキャンセルになったりしたこともあり、十分な戦略が練れず対応できていない選手も散見された。レース映像を見ていても、ライン取りなど上手く対応できている選手と、そうでない選手の差があったのは明らか。しかし、これもトライアスロンという自然の中で行うスポーツでは珍しいことではない。波や水の流れに対応しながらレースを進めていくのは、この世界では普通であるし、それも能力。そして、皆同じ条件であれば文句など言えないはずだ。

 

 トライアスロンというスポーツの現状や常識をどこまで理解し、丁寧に取材されてきたのか……。正直、多くのメディアがそうではなかったと言わざるを得ない。

 

 ただ、終了後に朝日新聞の編集委員である稲垣康介記者が書かれた「多事奏論」というコラムは、ほかにはない丁寧な内容だった。他のメディアも、こうした視点できちんと取材されていれば、どんな伝わり方をしたのだろうか。

 伝える難しさと責任をあらためて考えさせられたパリの夏だった。

 

 

【参考資料】
稲垣康介 多事奏論

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール>

 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ

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