イチローと松井秀喜、打率と出塁率にしぼって今季の二人の記録を見比べてみよう。
<打率>
イチロー 3割1分5厘(ア・リーグ7位)、松井 2割7分4厘(ア・リーグ29位)
<出塁率>
イチロー 3割5分9厘(同18位)、松井 3割6分1厘(同17位)
 打率では大きく差をつけられている松井だが、出塁率では2厘、イチローを上回る。原因は四球の数だ。松井が67であるのに対しイチローは45。これが松井の出塁率を押し上げた。
 ここにアスレチックスの敏腕GMビリー・ビーンが目を付けたのは想像に難くない。限られた資金でチームを強化するビーンのチームマネジメント戦略を描いた「マネー・ボール」(マイケル・ルイス著、ランダムハウス講談社)の解説を依頼されたのは2003年秋のことだ。

 潤沢な資金を誇るチームが、ほぼそれに見合った成績を収めるのがメジャーリーグのみならずプロスポーツ界の常だが、当時、アスレチックスだけにはこの原則が当てはまらなかった。
 いかにしてビーンはローリスク、ハイリターンを可能にしたのか。ビーンがまず取り組んだのはデータの選別である。ひらたく言えば、どの記録を重視し、どの記録を無視するか。打者に関して言えばビーンは「出塁率」を最も重視した。要するに四球もヒット同様「テイク・ワンベース」と見なしたのである。

 一方でビーンはバントや盗塁を有効な攻撃手段とは見なさない。みすみす敵にアウトをひとつプレゼントしたり、やってみなければわからないギャンブル系のプレーをビーンは徹底的に排除した。
 さて、再び松井の今季の成績を見てみよう。盗塁も犠牲バントもゼロ。ビーンの目にはこれも魅力的なデータに映ったに違いない。

 マイケル・ルイスによればメジャーリーグには<プロ野球をやる人々の王国と、プロ野球について考える人々の共和国>の対立がある。これを意訳すれば、王国が主観で成立するのに対し、共和国は客観で成立する。来季、松井は「共和国の民」となる。そこで、どんな新境地を見出すか。

<この原稿は10年12月22日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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