「よく取りましたねぇ」
 いきなり前方から声が飛んできた。今年の正月のことだ。
 タクシードライバーには、なぜか競輪ファンが多い。本紙の愛読者でもあるようだ。「いやぁ、まぐれですよ」と返したが、人間、褒められて悪い気はしない。
 昨年の競輪GP当日(12月30日付)の当コラムに私はこう書いた。<GPは仁義なき戦い、間違いなく混戦になる。GPに落車が多いのは、知略と気迫の限りを尽くす「現代の白兵戦」だということだ。私の狙いは単騎の海老根恵太>
 結果は周知のとおりだ。伏見俊昭のまくりに乗った海老根が大外を強襲し、武田豊樹をかわして初優勝した。写真判定の末の微差だった。「緊張の中にも楽しんだ走りができました」。号泣しながら師匠の森下太志と抱き合った姿が印象に残っている。

 明日行なわれるGP。今年も海老根は単騎となる。読みにくいのは近畿の3車だ。2番車の村上義弘は「勝負権のある位置、タイミングで仕掛けていく」と語っている。これは「先行にはこだわらない」と解釈すべきなのか。

 ところでGPは今年で26回目を迎えるが、近畿勢はまだ一度も優勝していない。近畿のボス的存在だった松本整(2004年に引退)も5度出場して、すべて負けている。
 その松本は語る。「GPは自分が勝つレースをすべき。3人で仲良く走っても意味はない。勝つためにアニキ(村上義弘)も先行するかどうかわからない。いずれにしても3人で“心中”するようなレースはしないはず」
 3月のダービーではGI決勝史上2度目の“兄弟ワンツーフィニッシュ”を果たした。兄の逃げに乗り、追い込んで優勝を果たした弟・博幸は「走馬灯のようにいろいろなことが浮かんできた。すべては兄のおかげです」と殊勝な面持ちで語った。見る者の涙線を緩めさせた美しき兄弟愛。果たして柳の下に2匹目のドジョウはいるのか。

 私の狙いは近畿勢第3の男・市田佳寿浩。初出場だ。「初手は村上兄弟の後ろ」につけ、流れを見ようという作戦か。風の強いバンクだけに仕掛けどころが難しい。博幸が義弘のブロックで脚を使うような展開になればチャンスはある。オーソン・ウェルズが存在感を示した映画「第三の男」のような印象的なラストシーンが待っている予感がする。

<この原稿は10年12月29日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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