第799回 プロ野球、ストライキから20年

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 この9月18日で、日本プロ野球選手会がストライキを行ってから、ちょうど丸20年になる。

 

 

<この原稿は2024年9月23-30日合併号『週刊大衆』に掲載されました>

 

 ストライキは18日と19日の2日間行われ、NPBの一軍戦はヤクルト対阪神(神宮)、横浜対広島(横浜)、中日対巨人(ナゴヤドーム)、日本ハム対近鉄(札幌ドーム)、オリックス対ロッテ(ヤフーBBスタジアム)、ダイエー対西武(福岡ドーム)の6試合が中止になった。

 

 後日、選手会長だった古田敦也に、ストライキを2日間決行した理由を聞くと、こう語った。

 

「当初、土日にやって、また次の土日と決めたのは、経営者側との交渉期間を設けるため。18日と19日の両日、選手会は6球場で、ファンに対していろいろなイベントを行った。あるアンケートでは、ストの支持が90%を超えた。それがどれだけ選手たちを勇気付けてくれたことか……」

 

 支持率が90%を超えるストライキなんて、聞いたことがない。経営者側の横暴にファンは怒っていたのだ。

 

 ストライキの、そもそものきっかけは、近鉄とオリックスの合併問題。これを機に球界の縮小再編計画が動き出す。

 

 ストライキを巡っては巨人・渡邉恒雄オーナー(当時)の「たかが選手」発言が物議をかもしたが、それ以上に私が驚いたのは、近鉄本社・山口昌紀社長(当時)の次の一言である。

 

「僕、ひとつだけ言うとくわ。なんで中村(紀洋)みたいなアホに5億も払わなアカンの? 清原(和博)、あんな男に何億も払っていることこそ、糾弾せな(中略)社会的犯罪ですよ、泥棒や」

 

 言いも言ったりだ。自分のチームの選手を泥棒呼ばわりする経営者が、いったいどこの世界にいるだろう。

 

 この会社には、もはや「公共財」である球団を経営する資格がないのでは、と疑問を持たざるを得なかった。

 

 20年も経てば、記憶は薄れる。選手の中には、まだ生まれていなかったものもいる。球界を守るために立ち上がった先輩たちのことを、ぜひ覚えておいてもらいたい。

 

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