スペインのように日本も”輸出産業”へ

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 長く、スペインは「買うだけ」の国だった。

 

 国としての経済規模はともかく、巨大なスタジアムを保有する2強には資金力があった。レアルはペレを白紙小切手で勧誘し、バルサは桁外れの移籍金でマラドーナを獲得した。

 

 買い漁ったのは選手だけではない。彼らは監督もかき集めた。バルサに至っては歴代62人の監督のうち、37人が外国籍だった。これほどのビッグクラブでありながら、これほど外国人の監督に頼った例は珍しい。

 

 一方で、スペインの選手や監督を求める声は、存在しないも同然だった。90年代後半から、かつての日本がそうだったように、さらなる個人のレベルアップを求めて国外に移籍する選手も現れたが、デラペーニャにしてもグアルディオラにしても、自国でプレーしていたときのような輝きを放つことはできなかった。

 

 それがどうだろう。いまやプレミアリーグはスペイン人なしではなりたたないほどになった。選手はもちろん、監督までもがどんどんと引き抜かれている。魅力的なサッカー=スペイン人監督。そんなイメージが生まれて久しい。

 

 言うまでもなく、流れを変えたのは00年代のバルサとグアルディオラである。そこに、スペイン代表のW杯優勝というステータスが加わった。

 

 では、00年代以前のスペイン人選手は、監督は、ガラクタだったのか。無能だったのか。そんなことはない。彼らに欠けていたのは、結果と、ちょっとした自信だけだった。もうひとつ付け加えるとしたら、周囲からの期待、だったか。

 

 おそらく、同じようなことが、これまた長く“輸入超過国”だった日本にも起きる。

 

 2試合で12ゴールを奪った9月のW杯予選2連戦は、日本人が想像した以上の衝撃をアジア各国に与えている。もはや日本だけは別格、といった見方が定着し、興味の対象は勝敗ではなく、日本の得点数に移りつつある。そして、そんな日本をつくり上げたとされる森保監督の評価が爆上げ状態である。

 

 日本では“森保無能論”が跋扈していたことを思えば信じがたい気もするが、どうやら、魅力的な日本のサッカーを構築したのは森保監督である、との見方は、日本国外では完全に定着しつつある。よほどのことがない限り、この流れは、印象は変わりそうにない。

 

 もとより、「売る」というよりは「ダンピングして買ってもらう」的立場だった日本の選手たちは、徐々にではあるが「指名買い」が入る立場に変わりつつある。高度成長期の輸出産業がそうだったように、「安かろう悪かろう」から「日本製だから欲しい」になっていくことはほぼ間違いない。次か、あるいはその次のW杯次第で、日本のサッカーは“輸出産業”へと姿を変える。

 

 さて、日本の指導者たちに、その準備はできているだろうか。

 

 90年代半ば、ポルトガル人の英語通訳を介さなければ英国人のロブソン監督と意思の疎通がとれなかったグアルディオラは、いま、マンチェスターで流暢な英語を操っている。ドイツ人のクロップ監督も、十数年前の英語はなかなか壊滅的だった。

 

 中国は、U-16代表監督をアトランタ五輪代表の上村健一氏に任せている。あの中国が、国家代表を日本人に委ねたのだ。反日という国是を超えるだけの魅力が、いまの日本人指導者にはあるということだろう。言葉の壁を越える努力が加われば、その誘因力は一層大きなものとなる。

 

<この原稿は24年9月26日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>

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