「転ばぬ先の杖」ということわざがある。失敗してからでは遅い。前もってしっかり準備をしておきなさいよ、と先人は説いた。
 南アフリカW杯で国外大会初の決勝トーナメントに進出したサッカー日本代表。成功の要因のひとつに「準備力」が挙げられる。
 周知のように南ア大会での公式試合球はアディダス社のジャブラニだった。従来のボールよりパネル数が少なく、真正の球体に限りなく近い。必然的に空気抵抗が減るため、大きな変化はしないかわりにブレ球が多くなる。GKのキャッチングミスが相次いだのはそのためだ。

 この厄介なボールをJリーグは昨年3月の開幕と同時に採用した。もちろん早く慣れるためだ。これが功を奏したのか南ア大会でのオンターゲット率(ゴールの枠をとらえた確率)59%は出場32カ国・地域の中でトップだった。

 ボールと言えば今季からNPBの一軍公式戦使用球がミズノ社製の「低反発球」に統一される。いわゆる「飛ばないボール」だ。インパクトの瞬間のボールの飛び出し角度やスイングスピードにもよるが140キロ台中盤のストレートだった場合、従来より1、2メートル、飛距離が落ちると言われている。

 ピッチャーにすれば追い風だが、事はそう単純ではないようだ。「表皮が滑る」という声をよく耳にする。野手も人ごとではない。
 たとえばプロ入り28年目の大ベテラン中日・山本昌の証言。「“なんでこんなにツルツルするんですか?”と担当者に聞いたら“コミッショナーのハンコがもらえないから”と言ってましたよ。僕らにとってその一球がストライクになるかボールになるか、それは死活問題。春先はどうしても気になるでしょうね」

 山本には苦い記憶がある。昨年の千葉ロッテとの日本シリーズで外国社製のボールが手に馴染まず、2球も暴投を放ってしまったのだ。「ボールが滑るのなら、せめて(滑り止めとして)粘着力のあるアメリカのようなロージンバッグを認めてもらいたい」。経験豊富なベテランらしい説得力のある提案である。

「慣れれば問題はない」。取材した多くの投手が、そう口にした。逆に言えば慣れる前にミスを犯し、それが原因で評価を下げるのはもったいない。やはり「転ばぬ先の杖」は必要である。

<この原稿は11年1月26日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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