田口侑治(ゴールボール)<後編>「競技人口増加に向けた活動を」
伊藤数子: 田口選手は2017年にリーフラス株式会社に入社されましたが、そのきっかけは?
田口侑治: 一番は東京パラリンピック出場を目指すには、自分の環境を整えなきゃいけないと思ったこと。リーフラスは競技に専念できる環境を提供してくれると、ゴールボール女子日本代表の安達阿記子さんから聞いていたので、迷わずここを選択しました。当時、男子で競技に専念する選手は少なかった。ロンドンパラリンピックで金メダルを獲得した安達さんに話を聞き、“自分もリーフラスで勝負したい”と思ったんです。
二宮清純: ゴールボールに打ち込める環境で、勝負を賭けたわけですね。
田口: はい。競技に専念できることはもちろんですが、ゴールボールの普及活動にも会社の協力もあって携われていますので、ここを選んで本当に良かったです。
二宮: ゴールボールが世界で盛んな国はどこでしょう?
田口: ブラジルが盛んで、日本のラグビーのように企業が運営する実業団チームがあります。日本はクラブチームが中心で、まだそういう環境は整備されていません。
二宮: ゴールボールはアイシェードを装着すれば、誰でも参加できる競技です。
田口: その通りです。国内であれば、大会に出場することも可能です。女子は障がいのない人のいるチームが日本選手権の予選に2、3チーム出場していました。その人たちが、この先もゴールボールに指導者というかたちで関わっていけば、競技人口の増加のみならず、全体のレベルアップにも繋がると期待しています。
二宮: ゴールボールのボールはバスケットボールと同じ大きさで、中に2つの鈴が入っています。ボールが重く、硬いため、強烈なシュートを受ければ、試合や練習後、打撲など生傷が絶えないでしょう。
田口: そうですね。パンプアップしないとダメージが蓄積してしまいます。筋肉を付けてクッションにする。ヒジやヒザにサポーターは付けますが、それ以外の箇所は筋肉のプロテクタ-で守ります。昔は試合のたびにボロボロになっていましたが、今はトレーニングのおかげでダメージも軽減されました。
伊藤: 筋肉の鎧を纏っているわけですね。ゴールボールは選手がアイシェードを装着し、“見えない世界”で戦っています。選手たちは敵味方の動きや、コート内の様子を頭の中に三次元で描いているんですか?
田口: 僕らはアイシェードを装着しているので、もちろん全く見えてはいませんが、そのアイシェードの中で目は開けているんです。それでボールや相手の動きなどを感覚的に“見ている”んです。
「認知度アップに貢献したい」
二宮: なるほど。つまり“心の目”で見ているわけですね。とはいえ、選手の障がいの程度も異なれば、“見え方”もそれぞれ違うでしょうから、チームで同じ絵を見るのは簡単ではありません。
田口: そうですね。今回の日本代表は、大会に向けて1年間で200日合宿をしました。長い時間を一緒に過ごし、嫌というほどコミュニケーションを取りました。阿吽の呼吸というか、言葉を発する必要がないほど意思統一ができていました。
伊藤: 200日とはすごいですね。所属企業の理解なしではできません。
田口: リーフラスは、自分が競技をすることに対し、全面的に支援してくれているので大変助かっています。出社する機会は少なくても、オンラインミーティングなどを利用して、社員のみんなとはコミュニケーションをたくさん取っています。練習や試合、合宿などがない日は講演会や体験会を通じ、社員の方と一緒に行動しています。
伊藤: ゴールボールを活用したブラインド研修というものもあるそうですね。
田口: はい。ビジネス研修に活用できる体験型研修です。ゴールボールでは、例えばベンチスタッフはアイシェードしている選手に、言語で正確に伝える技術が必要になります。もちろん、選手同士もお互い見えない中で行動するためコミュニケーションをたくさん取ります。相手にきちんと伝わるように、正しく伝えるということは、実は難しいということを、研修ではアイマスクをして視覚が無い状態を体感していただける内容ですので、ビジネスシーンや日常生活においても活かせるものだと感じています。
二宮: ところで2021年に東京パラリンピックが開催されて以降、まちのインフラ面で変化を感じますか?
田口: 白杖を持つだけで、いろいろな人が道をあけてくれる。それだけでも自分としてはありがたい。東京大会以降、「何か手伝いましょうか?」と声を掛けてくれる人が増え、大変助かっています。
伊藤: 今後の活動目的は?
田口: まずはたくさんの人にゴールボールを観て欲しい。きっかけは何でもいいですし、現地に行くことが難しければ配信や録画でもいいんです。1人でも多くの人に観ていただくことで、1人でも多くのファンを増やしていきたい。そのためにSNSを始めました。少しでも認知を高めていきたいと思っています。大好きなゴールボールをもっと盛り上げていきたいです。
(おわり)
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<田口侑治(たぐち・ゆうじ)プロフィール>
1991年2月16日、広島県出身。10歳の頃、遺伝性の網膜色素変性症を発症。小学1年から高校3年までの12年間、剣道に打ち込んだ。段も保有する腕前。高校卒業後、調理師免許を取得し、一度は料理人の道に進むが、視覚障がいにより断念。その後、国立障害者リハビリテーションセンターでゴールボールと出合い、競技を始める。高い守備力が評価され、2017年に日本代表入り。パラリンピックには2大会出場(東京、パリ)出場し、パリ大会では金メダル獲得に貢献した。リーフラス株式会社所属。