第1174回 暗雲漂うトランプ政権下の28年ロス五輪

facebook icon twitter icon

 極真空手を創設した大山倍達総裁は「力なき正義は無力なり、正義なき力は暴力なり」という言葉を好んで使った。若き日、パスカルの「パンセ」を読んだ影響が見て取れる。

 

 ある程度予想されたこととはいえ「トランプ2.0」の雲行きが怪しい。ドナルド・トランプ大統領は就任初日に、2021年の連邦議会襲撃事件で訴追された自らの支持者ら約1500人に恩赦を与えた。警官ひとりを含む5人の死者を出す蛮行だったにもかかわらず、トランプ氏は一顧だにしなかった。たとえ「暴力」であっても、自らを利するものなら、許されるらしい。さながら「正義なき力」の全面肯定である。

 

 これみよがしに「正義」を振りかざす者には危うさを感じて距離を置くようにしているが、だからといって本来、国家が厳重に管理しながら、慎み深く行使に及ぶ「暴力」を私有化していいはずがない。大統領というより中世の君主、いや暴君のような振る舞いを強く危惧する。

 

 そのトランプ政権下で、28年ロサンゼルス五輪は開催される。3年後、どんなリスクが待ち構えているのか。

 

 トランプ氏は反DEIを鮮明にしている。DEIとは多様性、公平性、包摂性に留意し、誰もが人種や性別・性的マイノリティー、年齢などに関わらず、安心して暮らせる、あるいは働ける社会や組織を目指す取り組みを指すが、トランプ氏はこれが気に食わない。早々に連邦政府機関におけるDEIプログラムを打ち切る大統領令に署名した。

 

 IOCが主導するオリンピック・ムーブメントはDEIプログラムと密接に結びついている。たとえば21年東京五輪の開幕前、IOCは「インクルージョン(包括性)、ダイバーシティ(多様性)、平等はIOCのあらゆる活動の核心的な要素であり、差別禁止はオリンピック・ムーブメントの主要な柱」と主張した。どこからどう見ても「トランプ2.0」の基調方針とは正反対である。

 

 環境への問題認識にも、大きな隔たりがある。「掘って掘って掘りまくれ!」。大統領選挙期間中、トランプ氏はそう連呼して、「反脱炭素」の立場を明確にした。片やIOCは2030年までの温室効果ガス削減目標を「パリ協定」に従って決定している。トランプ氏はその「パリ協定」から脱退する大統領令にも署名した。いったい、どう折り合いをつけるのか。

 

 難題は他にもある。トランプ氏は不法移民対策に加え、難民の受け入れも一時停止すると発表した。今年6月にIOC会長職を退くトーマス・バッハ氏が「すべての難民にとっての希望の象徴」と語った「難民選手団」は、果たして入国を許されるのか。専横が目立ったバッハ氏の、唯一といっていいレガシーも、今や風前の灯である。

 

<この原稿は25年1月29日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>

facebook icon twitter icon
Back to TOP TOP