第1178回 “トランプの壁”を前にIOC次期会長はどのカードを切る?
任期満了で退任するトーマス・バッハ氏の後継を決める国際オリンピック委員会(IOC)会長選挙が、3月20日、ギリシャ・コスタナバリノでのIOC総会で実施される。投票権を持つのは約100人のIOC委員。日本人として初めて立候補した国際体操連盟の渡辺守成会長は、夏季五輪の「五大陸同時開催」など斬新な構想で注目を集めている。
だが有力視されるのは、次の3人。まずは女性初の会長を目指す五輪2大会連続金メダリスト(04年アテネ大会・女子200m背泳ぎ、08年北京大会・同)のカースティ・コベントリー氏(ジンバブエ)。世界陸連会長で、組織委員会会長として12年ロンドン五輪を成功に導いたセバスチャン・コー氏(英国)。選手としては彼も五輪2大会連続(80年モスクワ大会・陸上男子1500m、84年ロス大会・同)で金メダルに輝いている。そしてIOCに21年間君臨したフアン・アントニオ・サマランチ元会長の息子ジュニア氏(スペイン)。現在はIOC副会長の要職にある。
3人とも一長一短がある。コベントリー氏の最大のアドバンテージは「女性初」という看板と41歳の若さだ。IOC選手委員長時代からバッハ氏の覚えがめでたく、「事実上の後継者」との見方もある。IOC会長の任期は1期8年、再選による2期4年の最長12年。原則として定年は70歳。彼女の若さは68歳のコー氏、65歳のジュニア氏にはない強みだが、逆の見方をすれば、「バッハ氏の院政が、あと12年続く」ことを意味する。既にささやかれている「バッハ氏のパペット(操り人形)」との冷評を払拭できるのか。
コー氏はバッハ氏と折り合いが悪い。それが強みでもあり、弱みでもある。両者の溝が決定的になったのは、パリ五輪前に世界陸連が打ち出した金メダリストへの賞金制。バッハ氏にとって、これは寝耳に水で、激怒したと言われている。反バッハ票を取り込めばコー氏の勝利も見えてくるが、「男爵(コー氏)は、お高くとまっていて人望がない」との声もあり、支持拡大には苦戦している模様だ。
ジュニア氏は親の威光はあるものの、リーダーとしての実力は未知数だ。スペインの首都マドリードは、2000年代に入り、3度(12年大会、16年大会、20年大会)も五輪招致に名乗りをあげたが、いずれも失敗している。招致活動の中心にいたジュニア氏が敏腕家なら、結果は違ったものになっていただろう。また会長職の世襲を疑問視する声も少なくない。
ともあれ誰が会長になっても道行きは険しい。直近の夏季五輪は28年ロサンゼルス大会。新会長に立ちはだかるのは“トランプの壁”だ。
ひとつ例をあげよう。既にドナルド・トランプ米国大統領は外国のトランスジェンダー選手に対し、米国ビザの申請を拒否する方針を打ち出している。IOCはトランスジェンダー選手の競技参加の条件を各競技団体に委ねているが、今後はより難しい舵取りを迫られることになる。新会長の最初の仕事は“トランプ詣”か。
<この原稿は25年3月19日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>