第1179回 アリ戦、45歳王者……語り継がれるフォアマンの物語
「象をも倒すパンチ」を持つ男が、ハンターに急所を射抜かれた巨象のようにキャンバスに崩れ落ちる――。世に言う“キンシャサの奇跡”の劇的なフィニッシュシーンだ。
さる3月21日、キンシャサで引き立て役に甘んじたジョージ・フォアマンが世を去った。76歳だった。
1974年10月30日、ボクシング世界ヘビー級王者のフォアマンは、3度目の防衛戦の相手に、元王者のモハメド・アリを迎えた。
舞台はザイール(現在のコンゴ)の首都キンシャサ。デビュー以来、40戦全勝(37KO)のフォアマンに対し、アリは徴兵拒否による3年7カ月のブランクがあり、賭け率でも王者が上回っていた。
試合については、今さら説明の必要もあるまい。1ラウンドこそ積極的に仕掛けたアリだが、2ラウンド以降は、ロープを背負って貝のように両腕でガードを固め、フォアマンの打ち疲れを待った。
デビューから4年目の72年以降、その強打ゆえに2ラウンドまでしか戦ったことがなかったフォアマンは、ラウンドを重ねるごとに疲労の色を濃くしていく。そして8ラウンド、突如として牙を剥いたアリに倒されてしまうのである。
ひらたく言えばアリの作戦勝ちだが、それはリング外でも発揮された。米国人ジャーナリスト、ジャック・ニューフィールドが著した『ドン・キングの真実』(デコイ出版)によれば、アリは会見のたびに<ここは俺の国だ。ジョージは異邦人さ。侵略者なんだ>とののしり、フォアマンを精神的に追い込んでいったというのだ。
同じアフリカにルーツを持つ者同士ながら、アリはホームでフォアマンはアウェー。「アリ、ボンバイエ!」(アリ、やっつけろ!)の大合唱を、フォアマンはどんな思いで聞いていたのだろう。
ボクサーの評価は1日で変わる。そして、名声は1日で消える。アリのアゴを砕いたケン・ノートンや、そのアリと名勝負を繰り広げたジョー・フレージャーを完膚なきまでに叩きのめしたにもかかわらず、フォアマンは“敗れざる者”の烙印を押された。“キンシャサの奇跡”により、フレージャーを6度も倒した“キングストンの惨劇”は人々の記憶の彼方に追いやられてしまった。77年3月には、プエルトリコのサンファンで格下のジミー・ヤングにも敗れ、一度はグラブを壁にかけた。
試合後、担ぎ込まれた控室のベッドでフォアマンは「神」と遭遇する。聖書を読みふけり、宣教師になった。貧しい子どもたちを救うにはカネがいる。老体にむち打って38歳でカムバック。5セント程度のチープな物語だと、周囲は鼻で笑った。
だが、フォアマンは本気だった。「老いは恥ではない」。94年11月、マイケル・モーラーを倒し、45歳で再び世界王者に。彼が設立した更生施設の子どもたちは、親しみを込めて「ビッグ・ジョージ」と呼んだ。アリの「ザ・グレーティスト」よりも優しい響きに、彼の人柄がしのばれた。
<この原稿は25年4月2日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>