第277回「デフリンピックがやってくる!」
今年、東京では大きなスポーツイベントが二つやってくる。
一つは皆さんもご存知の「世界陸上」。こちらはTV等でも話題になるし、お馴染みの日本選手の活躍も期待されるので、ほとんどの方が知っている。
もう一つは「デフリンピック」。聴覚障がい者の世界的スポーツイベントとして、4年に一度開催されている大会。
歴史も長く、100周年を迎えるのだが日本では初開催ということもあり、なかなか知名度が上がらない。
障がい者スポーツの大会としては、2021年に開催された東京パラリンピックがある。
今では、パラリンピックを知らない人がいないほどだが、東京大会まではなかなか浸透せず、組織委員会も東京都も苦労した。しかし奮闘の甲斐もあり、大会前から盛り上がった機運は、大会中に大きなうねりとなり、終了後にはオリンピックより印象に残ったという声を聞くまでになった。
パラリンピックで生まれたうねりを、さらに大きくするべく東京都を中心にデフリンピック開催に取り組んできた。その成果があり、2022年の調査で10%程度だった認知度が、昨年末の調査では40%に迫る数値になった。これは過去デフリンピックを開催してきた国の中でも、かなり高い数字で、関係者の努力と、パラリンピック開催の熱量があったのは小さくなかったのではと思われる。
次の課題は、大会時の盛り上がりだ。特に会場に観客が来て盛り上げてくれるか。4割の人が知ってくれたとはいえ、その人たちがスタジアムに足を運んでくれるとは限らない。無料で観戦できるとはいえ、このハードルは決して低くない。
そもそも、デフリンピックはなんのために開催するのか。
開催概要によると、<デフリンピックやデフスポーツへの理解のすそ野を広げ、障害のあるなしに関わらず、共にスポーツを楽しみ、互いの違いを認め、尊重しあう共生社会づくりに貢献していく>となっている。
つまり、これを機会に聴覚障がい、さらに障がい者スポーツへの理解を深めること。共生社会の実現につなげるということにある。
日本では加齢による老人性難聴も含め、耳が不自由な方が1400万人いると言われている。また、年を取ると誰もがそうなっていくと言っても過言ではない。
新たな扉を開く機会
つまり僕たちのすぐ身近にあることなのに、そのことについて知ったり考えたりすることは極めて少ない。聴覚障がいの方は、補聴器が見えなければ、見た目には判別しにくいので、意識することが少ないということも理由にあるかもしれない。
しかし、街中で聞こえないと交通社会の中、危険にさらされることが多く、ちょっとしたコミュニケーションにも苦労する。これは聞こえている人間には想像しにくいこと。だからこそ、この機会に皆が考えるべきなのだろう。
私は「ダイアログ・イン・サイレンス」という、音のない世界を体験するプログラムに参加したことがある(現在休止中)。音のない世界をグループで体感し、コミュニケーションを考えるセッションだが、言葉のない大変さを痛感させられた。と同時に、人はもっと表情やしぐさで感情や情報を伝えることができるのだという可能性も感じた。もどかしさの中に、発見があったのは新鮮だった。
ただ、今回はこれでスポーツである。特にチームスポーツに関しては、意志の疎通が相当難しいと思われる。しかし、目が見えない選手は、音や風で周りが読めるように、耳の聞こえない方は、残された四つの感覚、いや直感も含めた新たな五感が働く。観客が、そんな凄さを会場で感じることができればと期待している。
応援も声では聞こえない。しぐさなどでエールを送るのだが、きっと選手はそれだけでなく、応援の空気感を肌で感じてくれるのではないかとも思っている。
パラリンピックの開催で、都内施設のバリアフリー化はかなり促進された。また、街行く人の障がい者に対する意識も変わってきたように感じる。これは大会開催の大きな効果であろう。今度はデフリンピックだ。この開催により、東京が、日本が、聴覚障がい者に対する取り組みや意識に変化が出てくることを願いたい。
自分が知らない世界。自分が想像できない世界の扉をたたくのは人生の楽しみの一つ。
11月に開催されるデフリンピックで、ぜひ新たな扉を開いてみてはいかがだろう。
<白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール>
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)。