東北楽天の松井稼頭央は、NPBにおいて唯一、本塁打を30本台に乗せたことのある(西武時代の02年=36本、03年=33本)日本人スイッチヒッターである。
 その松井に過日、「なぜ日本には大物打ちのスイッチヒッターが育たないのか?」と訊ねてみた。「確かにメジャーリーグでは大きいのを打てるスイッチヒッターが多いですね」と言い、彼は続けた。「早い時期に(スイッチに)転向しているからじゃないでしょうか。アストロズで一緒にプレーした(ランス・)バークマンに“何歳で始めたんだ?”と聞いたことがあるんです。“オレは8歳から両打ちをやっているんだ”と言っていましたよ」

 バークマンは現在まで通算358本塁打を放っている。これはスイッチヒッターの本塁打数としてはMLB史上4位。ちなみに1位はミッキー・マントル(536本)、2位がエディ・マレー(504本)、3位がチッパー・ジョーンズ(454本)。
 一方、日本人のベスト3は1位が松永浩美(203本)、2位が柴田勲(194本)、3位が松井(191本、MLB含む)。本塁打王のタイトルを獲ったバッターはひとりもいない。

 かつて“スイッチヒッターの宝庫”といえば、広島だった。高橋慶彦を筆頭に山崎隆造、正田耕三らが俊足をいかして次々にスイッチに転向した。本来、右打ちである彼らが左でも打つようになったのはプロに入ってからだ。“つくりもの”という皮肉を込め、他球団からは「プラモデル」と揶揄されたが、彼らのスピードが広島の機動力野球を支えた。“赤い手袋”で一世を風靡した柴田、90年にパ・リーグで首位打者を獲った西村徳文も最大の武器は「足」だった。

 翻って米国の場合、スイッチ転向の主な理由は「チャンスを掴むため」だ。早くから両打ちに取り組めば習熟度が増し、左右どちらのピッチャーが出てきても代打を送られるケースは少ない。これが最大の利点だ。

 昨今はイチローや松井秀喜の影響もあるのだろう。アマチュアにおいて右投左打の選手はごまんといる。既にして希少価値ではない。プロを目指すならバークマンのように子供の頃から両打ちに取り組んだほうが有利ではないか。日本人スイッチヒッターのホームランキング誕生を密かに夢見ている。

<この原稿は11年9月28日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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