NASAの“沈黙”Jリーグも見習うべき?

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 まだサッカーがどマイナースポーツだったころは、テレビの番組欄に「サッ」というカタカナを見つけただけで気分が昂ったものだった。え? まさかサッカーを中継してくれんの? よくひっかかったのが「サッチャー」。時の英国首相の名前を見るたびドキドキしていたのだから、我ながらどうかしている。

 

 同じくらいに、目にするたびにときめかずにはいられなかったのが「宇宙」という単語だった。原因ははっきりしている。スター・ウォーズ、未知との遭遇、E.T.、エイリアンといったハリウッド映画と、もう一つ、アポロ計画に代表されるNASAの存在である。つまり、宇宙=米国。わたしの中には、知らず知らずのうちに米国に対する憧れが刷り込まれていったらしい。

 

 21世紀のいま、米国に負けじとばかりに宇宙計画に資金を投入しているのは中国である。同時に、彼らは映画作りにも力を入れていると聞く。自国映画はもちろん、ハリウッド作品にも中国系の俳優が起用されることが増えてきた。

 

 一方、米国からはトランプ政権がNASAに60億ドルの予算削減を要求した、というニュースが流れてきた。予算案が可決されれば、米国のみならず、日本や欧州でも今後の宇宙計画を大幅に見直す必要が出てくるという。

 

 わたしは、宇宙と聞いただけでときめいてしまう人間だが、世の中にはそうでない方もいらっしゃるのもわかる。そして、宇宙計画に興味がなく、かつ、日々の糧にも苦労している立場であれば、「そんなカネあるなら自分たちに回してくれ」といいたくなる気持ちもわかる。

 

 ただ、逆に自分が予算を削減される立場の人間だとしたら、トランプ政権の方針にブチ切れんばかりの怒りを感じていたに違いない。なぜこの崇高な計画を理解してくれないのか。なぜ長年かけて積み重ねてきたアドバンテージを放り出すような方針を打ち出すのか。たぶん、荒れに荒れる。

 

 ところが、NASAが猛反発した、激しい抗議の声をあげたというニュースは、わたしの知る限り、ほとんど聞こえてこない。留学生問題に真っ向から立ち向かっているハーバード大学とは明らかに反応が違う。

 

 経験の差かな、と個人的には思った。

 

 ハーバード大学には、政権からダメだしをされた経験がほとんどない。だが、NASAは、いつ不景気を理由に予算のカットを求められてもおかしくないという状況の中、歴史を紡いできた。宇宙になんか行って何になる?――そんな問いをぶつけられたらいかにうまくいなしてきたかを、常に行動の規範としてきた。これはNASAに限らず、日本のJAXAや世界の宇宙計画関係者についても当てはまるはずである。

 

 わたしはトランプ政権の予算削減には反対だが、しかし、NASA側から「我々のやっていることは崇高なのだからカネを出せ」と言われたら、即座に意見を翻してしまいそうな気がする。常に政権と世論の風向きをうかがってきたからこそ、NASAは今回の過酷な要求にも、とりあえず息を潜めているのかな、とも思う。

 

 Jリーグを税リーグと批判し、公金を使っての専用スタジアムなど無駄だとする声がある。わたし自身、いいたいことはたくさんあるが、いま一番気になるのは、NASAがやらないことを、サッカー側がやってしまっているのではないか、という懸念である。

 

<この原稿は25年5月28日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>

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