メッツの一員として2年間を過ごした五十嵐亮太のメジャーキャリアは、決して順風満帆なものではなかった。合計79試合に登板して5.74という通算防御率は、入団当初の期待を考えれば決して満足できるものではあるまい。
 ただ、それでも今シーズン終了直前の6試合では無失点。メッツとの契約期間も最後の最後にきて、五十嵐は何かを掴んだように見えたのも確かである。
 長いシーズンを終え、他の多くの選手たちが休養に入った10月下旬、五十嵐はウィンターリーグへの参戦を決意してドミニカ共和国に渡った。
(写真:暑いドミニカでの日々の中で体重もかなり絞れたという)
 そのドミニカでの日々も終わりが近づいた11月末、筆者は現地を尋ね、より精悍さを増した五十嵐に話を訊いた。
 インタヴュー当日まで、五十嵐はデルバシオ・ギガンテスのクローザーとして8試合に投げて防御率0.75。この時期に、未知の国に渡った真の理由はどこにあったのか? そして日本ともアメリカとも違う新たな環境で、32歳の速球派右腕はいったい何を見出したのか?

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――ドミニカ共和国でどんな生活をしてきたのか教えてください。
IR: 僕の住んでいるところはかなり不便な場所にあるんですよ。首都サントドミンゴまで車で2〜3時間。(所属するギガンテスの)ホーム球場は滞在先から近いんですけど、遠征で1番遠いスタジアムまでは4時間もかかる。まあその不便さにも1〜2週間で慣れましたけどね。

――移動以外に不便なところは?
IR: 水が奇麗じゃないので、最初は生野菜を食べてお腹を壊してばかりでした。しかもホテルでお湯が出なかったり、球場でもお湯が出ないロッカールームがたくさんあるし。温暖なドミニカとはいえ、夜の水風呂は寒い(笑)。お湯のシャワーを浴びられるのって幸せなことなんだって、ここにいて小さな幸せ、喜びを感じられるようになりましたね。あ、あとインターネットも使えない!

――Eメールも見れない?
IR: まったくというわけじゃないんですが、電波自体が弱くてね。ケータイ電話もホテルの部屋に入ったら圏外になったり。他の選手たちに比べ、僕の泊まっているホテルは特に良くなかったみたいなんですけど。

――じゃあ日本の情報からは遮断されていたんですか。
IR: たまにネットが繋がるときがあるんで、そのときに一気に見ています(笑)。「このチームはこう変わったんだ」とか、「ああ、この選手は可哀相だな」とか、変化を楽しみながら。

――もう少し条件の良い場所にあるチームに移ろうとは思ったことは?
IR: ここと契約を結んでしまった以上は仕方ないと。そうそう、あとトイレなんかもメチャクチャ汚いですよ。流れないところもあるし(笑)。今まで当たり前にできていたことが、ここでは当たり前じゃない。

――海外で暮らすと、「日本の常識が世界の常識じゃないんだ」と気付かされる瞬間ってありますよね。
IR: だから面白いんですよ。良い経験だなと思います。今までの人生を振り返って、「ああ良い生活を送ってきたんだなあ」と考えたり。ただ、僕ってどこでも楽しめる人間なんだなということもよく分かりました。

――(笑)。野球の話に移りますが、ウィンターリーグでは奪三振率が極めて高い(このインタヴュー当日までの6試合ですべて2奪三振ずつ)。三振は具体的にどういった流れで奪っているんですか?
IR: スライダーとツーシームの真っ直ぐが多いです。これまで投げていたスライダーはカッター気味で、ゴロを打たせられるし、左打者のインコースにも投げられるようになった。ただ三振が欲しい場面ってありますよね。そういったときにはもう一種類の「ひねるスライダー(曲がりの大きいスライダー)」を使うようになって、実際にそれで三振がとれるようになったんです。
(写真:この時期のウィンターリーグはまだルーキー級の選手も多く、五十嵐は格の違いを感じさせる内容で奪三振を増やしていった)

――じゃあスライダーが最大の武器になっている?
IR: あとカーブでも三振を奪っているかなあ。今年のシーズン終盤はスライダーに頼るようになって、ツーシーム、カーブ、スライダーという組み立てになった。そのスライダーの質を上げられれば、打者を抑える確率が上がると思ってドミニカに来たんです。ただ、それと同時にスライダーだけでなく、フォーク、カーブも含めて改良して、いろいろな球で空振りがとれるようになった。全体的に質は上がっていると思います。

――真っ直ぐはどうですか? 正確なスピードガンってあるんですか?
IR: うーん、ちょっと速過ぎる気がします。この間98マイル(約158キロ)が出たんですよ。

――でもシーズン終盤には徐々に上がって、95、96マイル(約153〜154キロ)までは出ていましたよね。だとすれば間違いとは言い切れないのでは?
IR: 確かにスライダーを投げることによって真っ直ぐも速くなっているかもしれません。スライダーはボールの芯を外して握るんで、リリースするときに体重をしっかり乗せないとボールに力が伝わりにくい。だから体重を乗せる習慣をつける練習を続けるうちに、真っ直ぐも良くなってきた。今じゃ96、97マイル(約154〜156キロ)は普通に出ますもんね。

――ドミニカ行きを決意した理由は「シーズン終盤に掴んだものを試したかったから」と聞いていました。試したかったものとは、やはりスライダーだったんですね。
IR: 試したかったというか、モノにしてしまいたかった。良いところまで来ていたのに、その感覚を自分の中にしみ込ませないまま次のシーズンを迎えたくなかった。今だな、と思った。この感覚をものにできるかどうかによって、自分の今後のキャリアは変わってくるという風に感じたんです。
(写真:汗をしたたらせながらトレーニングする五十嵐からは充実感が感じられた)

――ところでメジャー、マイナー両方を経験して来た五十嵐投手から見て、ウィンターリーグのレベルはどのあたりに見えます?
IR: 時期によっても違うみたいなんですけど、今の時期はメジャーリーガーもそれほどは出ていない。これからプレーオフに向けてどんどんレベルが上がって行くはずですが、現時点では3Aとそんなに変わらないですね。3Aの少し上か下かといったところ。メジャーとの差はかなりあると思います。僕なんかが1試合投げただけで、その場でクローザーに任命されたんですからね。

――大活躍なので、「このまま残留してくれ」と言われているとか。
IR: そうなんですけど、ただそこまではねえ(笑)。課題がもう残ってないとは言わないですけど、ある程度は消化できているので、これ以上投げて肩肘に疲労を残したくないというのもあります。1カ月くらいがちょうど良いかなという感じです。

――さて、今後の注目はやはり去就ですけど、具体的なオファーは?
IR: いや、まだないです。

――家族もだいぶアメリカ生活を気に入っているという話ですし、アメリカに残ってやって行きたいという気持ちはあるんですよね?
IR: それはもちろんあります。

――ドミニカに来たのはメジャーへのアピールの意図もあったのかな、と思ったんですけど。
IR: 実は最初はそんなつもりはなかったんですよ。アピールできるような場所だと思っていなかったというか。とにかく目的はスライダーだった。プエルトリコとかメキシコと比べても、ウィンターリーグの中ではドミニカが一番レベルが高いと聞いていたんで、そういった場所で自身の力を向上させることが目的でした。来年以降(の去就)に関しては、結局は成績がすべてだと思うんですよ。いくらドミニカで良い数字を残しても、「シーズン中はこうだったろ?」と言われればそれまでだし。だからアピールのつもりは本当になかった。

――ただ、これだけ好成績を残せば必然的に目につくのでは?
IR: 観に来ていたメジャーのスカウトやコーチに、「来年どうするんだ? チームに紹介してやろうか?」なんて言われたりはしました。本気で言ってくれていたのかわからないけど、とりあえず「あ、お願いします!」なんて答えたり(笑)。そういうカジュアルなやりとりはドミニカ共和国だからなのかもしれないし、今でもアピールのつもりはないですけどね。でもここでやってきたこと、ここで得た繋がりが将来に繋がっていってくれたら良いですね。
(写真:ドミニカでの経験は今後の野球人生にどんな形で生きていくのだろうか)

――いま振り返って、来て良かったですか?
IR: 来る前に「こういう風にできたら」というイメージがあって、その通りにできている。だから納得はしています。その過程でまた新しいことが見つかったり、足りないことが見えてきたり。中身の濃い1カ月間でした。

――もう32歳でベテランと呼べる年齢ですけど、まだ伸びしろはありそう?
IR: それがどうか分からなくて不安で、アメリカに来たら答えが見つかるんじゃないかなという期待があった。そして実際に来てみたら、「ああ伸びしろ、まだあったんだ」と思うようになりました。だからこのままやり続けていたら、今後もまだまだ見つかるんじゃないかなと。「もうここまでなのかな」と思ったりする時期もあるけど、絶対にそんなことはない。特にこういう環境に来ると、新しいことが見つけられる。それに……、まだ最後まで行き着いてない自分であって欲しいですし、そう思った方が楽しいですもんね(笑)。

 ドミニカ共和国での最終成績
11試合 0勝0敗3セーブ 防御率3.38 
計9回2/3を投げて14奪三振。失点を許したのは2試合のみ。

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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