重松星誉(東京ヴェルディフットサルチーム/四国中央市出身)第3回「文武両道」の中高生時代
東京ヴェルディフットサルチーム(東京都フットサルリーグ2部)でプレーする重松星誉(としたか)は、地元の土居町立土居中学校(現・四国中央市立土居中学校)に進学した。

「©TOKYO VERDY CLUB」
中学では、サッカー部に入部した。サッカー漬けの日々かと思いきや、そうではなかった。
「土居町が田舎なので、サッカー以外の遊びといえば、川とか山とかに行ったり、木登りしたりしていた」というわんぱく少年は、中学1年生の頃から勉強にも力を入れ始めた。
「中学時代は週に3回、塾に通いました。塾のある日のスケジュールは、放課後の16時~18時までがサッカー部の練習。1度帰宅して、19時もしくは20時くらいに塾に行きました。帰宅して、お風呂に入って就寝です。そして、土日はサッカーの練習か試合がありました。サッカーと、塾通い以外の思い出はありません」
そして、続けた。
「だから自分でも、文武両道だったと思います」
サッカーはともかく、なぜ勉強に力を入れたのか。
「実家が動物病院を経営していたので、私も獣医になりたかった。そのためには、勉強もやっておかないといけない。だから、中学に入学してすぐに塾通いを始めたんです。親は“無理して獣医に目指さなくてもいいんだよ”と言ってくれました。自分で“将来のために、塾通いは必要”と思ったから、部活と勉強の両立を最後までやり抜けました」
セービングが評価され正GKに
では、サッカーの方はどうだったのか。
「1年生の最初の頃は、練習やゲームに参加させてもらえなかったんです。古い時代の話ですよね。練習に加われるようになると、セービングを評価していただき、1年の半ばくらいの時期に、レギュラーに定着しました」
サッカーの世界では中学校からボール、ゴール、ピッチの大きさがプロと同等のサイズになる。すなわち、国際基準だ。ゴールキックの飛距離が出ないことに最初は焦りを感じた。だが、「セービングに関しては、特に問題はありませんでした」という。
中学卒業後は、県東部の進学校の三島高校へ。フェンシング部と書道部が全国的に知られている。
重松は中学同様、高校でもサッカーと塾通いの日々だった。
「高校時代は19時くらいまで部活。20時か21時から塾で2時間くらい授業を受けました。そこから電車で帰って、家に着くのは23時でした」

2年の春から正GKの座についた。監督は熱心な指導者で「当時にしては、戦術的なことも教えてくれたので、高校で深くサッカーを知ることができた」という。
その甲斐もあり、重松は愛媛県選抜に選ばれるほどに成長した。「選抜に入れたのは嬉しかった。でも、選抜チームとしての活動は2回くらい。だから、あまり実感はない」と照れ笑いを浮かべた。
大学は獣医学部1本に絞った。
「今は今治に獣医学部のある大学ができましたが、私が受験生だった頃は地元になかった。当時、獣医系の学部は全国の国公立と私立を合わせて12校しかなかったんです。その中で4校、受験しました。その結果、合格したのが麻布大学でした」
入学した麻布大学で、重松はフットサルと出会った。
(最終回につづく)

<重松星誉(しげまつ・としたか)プロフィール>
1982年6月26日、愛媛県四国中央市生まれ。小学校1年生でサッカーを始めた。大学1年時、「助っ人で加わったことがきっかけ」となりフットサル活動をスタートさせた。東京都のフットサルチーム(小金井ジュールー情熱ロンリネスーバンフ東京)を中心に渡り歩き、2022年から東京ヴェルディクラブ・フットサルチームでプレーしている。身長172センチ、体重72キロ。ポジションはゴレイロ。スポーツアパレルブランド「one8ty」契約選手。
(文・写真/大木雄貴、写真提供/TOKYO VERDY CLUB)
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