「ハンドサッカー?」「ハンドって、既に反則では?」
これが「ハンドサッカー」と聞いた時の最初の感想です。既存のルールにとらわれた私の、なんて視野の狭い発想でしょう。恥ずかしくなってしまいます。反則なんてとんでもない、実にユニバーサルな新スポーツなのです。今回はこのハンドサッカーをご紹介します。
「学校スポーツ」として今、日本国内で少しずつ裾野を広げているのが、東京都の特別支援学校が生み出した新スポーツ「ハンドサッカー」です。先日、そのハンドサッカーを見学に行きました。すると、そこには究極の「ユニバーサル社会」が繰り広げられていたのです。

「クラスのみんなでできるスポーツがあればいいのにな……」
 そんな子どもの願いを叶えたいと、東京都内の肢体不自由特別支援学校の教員たちが何度も議論を重ねた末に23年前の1989年、誕生したのが「ハンドサッカー」です。肢体不自由特別支援学校には、実にさまざまな障害をもつ子どもたちが通っています。ひと言で「肢体不自由」と言っても、状態によっては自分の足で歩行が可能な子もいれば、車椅子や電動車椅子の子もいます。さらに寝たきりの子もいるのです。そのため、従来のようにいわゆる障害者のためのスポーツのような障害の種類や度合い別に行なわれるスポーツでは、クラスの全員が参加することは非常に困難です。そこで体育の授業では、各学校ごとに工夫がなされてきました。その工夫をもちより、話し合いを重ねてルール化したものを「ハンドサッカー」と名付けたのです。

 東京都肢体不自由特別支援学校体育連盟が定めた「ハンドサッカーの精神」が、このスポーツの性質をよく表しています。
「ハンドサッカーとは、既存の競技では十分に対応しきれない様々な実態の障害をもつ子ども達に合わせ、活躍の場を広げ、個々の能力を引き出し、心身を健全に育成するために考え出された競技である」

 障害者スポーツでは、これまでは同じような障害や障害の度合いの人たちを競技あるいはクラスによって分ける、という手法が一般的でした。しかし、ハンドサッカーは さまざまな障害を持つ子どもたちが、同じコートに立つことができます。つまり、先生たちはこれまでの発想を覆すことで、見事に「みんなでできたらいいなあ」という子どもたちの思いに応えたのです。

 簡単にルールを説明します。ハンドサッカーは体育館に設けられた縦20メートル、横12メートルのコートで行なわれ、サッカー同様にゴール数の合計を競い合います。ただし「ハンドサッカー」という名称通り、足ではなく、原則的には手でシュートやパスをします。「フィールドプレーヤー」(FP)と呼ばれる比較的障害の軽い選手は、コート上を自分の足で、松葉づえで、あるいは車椅子で自由に動き、相手陣地のメインゴールにボールを入れます。ただし、障害の度合いにより、各選手には5秒もしくは10秒のボールの持ち時間制限があり、その時間内にパスあるいはシュートをしなければいけません。

 また、比較的障害の重い選手は、「スペシャルシューター」(SS)と呼ばれ、コート内のコーナーに設けられた「スペシャルシューターエリア」内でFPからパスを受けた場合は、コート外の「サブゴール」へのシュートチャンスが2度、与えられます。また、フィールドを動き回ることのできない重度障害の選手は「ポイントゲッター」(PG)と呼ばれ、コートの外に設けられた「ポイントゲッターエリア」で味方からパスを受けた場合、各選手が可能な範囲で与えられた課題に挑戦します。その挑戦が成功した場合、チームに1点が加算されるのです。ルールについての詳細は東京都肢体不自由特別支援学校体育連盟のHPを参照してみてください。

 ユニバーサル社会の実現

 さて、今年2月、東京都立江戸川特別支援学校の「ハンドサッカー部」を見学に行って来ました。1週間後に大会を控えていたこともあり、子どもたちの表情は気合いがみなぎっていました。見れば、子どもたちの障害は実にさまざまで、このハンドサッカーがいかに、ユニバーサルであるかが見てとれました。それぞれの障害に合わせて、子どもたちが挑戦できるように、得点の方法がバリエーションに富んでいるのです。

 驚いたことに、寝たきりの状態でも、参加できるようになっていました。それを見た時、「あぁ、ルールって生きているんだな。こんなにも柔軟に変えることができるんだ」と思いました。ルールというと、どうしても「固定された、守らなくてはならないもの」として捉えがちですが、そうではなく、自由に変えていいものであり、変えるべきものなんだということに改めて気付かされたのです。そして一見、不可能だと思いがちなものでも、考え方や工夫次第で、いかようにも可能にする、人間の素晴らしさを感じました。

 子どもたちは、それぞれ精一杯プレーしていました。シュートが入れば喜び合い、失敗すれば落ち込み、そして励まし合っていました。そこにはどんな障害があっても、誰ひとり排除しない、究極のユニバーサル社会が存在していたのです。障害の異なる者同士がお互いを認め合い、支え合う、真のチームスポーツのあるべき姿が見られたのです。と同時に、1週間後の大会に向けて真剣な表情の子どもたちの姿に、「これは、まさにスポーツなんだ」と思わずにはいられませんでした。こうした競技性や社会性、向上心など、子どもたちを人間として大きく成長させる教育的要素の多いハンドサッカーに「学校スポーツ」としての可能性の大きさを感じたのです。そして、教育の場面でこんなにも大きな役割を果たすことができるスポーツに、奥深さを感じずにはいられませんでした。

 はじめは2校での交流試合から始まったハンドサッカー大会は、年々、参加校が増え、今では都内の全18校の肢体不自由特別支援学校が参加しています。そして、これまで東京都に限定されていたハンドサッカーの輪は少しずつ広がりを見せているようです。今年2月には第1回茨城県肢体不自由特別支援学校ハンドサッカー大会が開催されました。今後は日本発祥のスポーツとして、全国、そして世界へと裾野が広がるものと確信しています。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車椅子陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。11年8月からスタートした「The Road to LONDON」ではロンドンパラリンピックに挑戦するアスリートたちを追っている。