8年間で4度のリーグ優勝を果たした落合中日の番頭格がこの人だった。森繁和、57歳。投手コーチ、ヘッドコーチなどを歴任した。

 落合博満からの信頼の厚さは、彼が昨年11月に上梓した『采配』(ダイヤモンド社)を読めば明らかだ。
<ドラゴンズは投手力を前面に押し出して戦い、2010年、2011年のセ・リーグ連覇など球団史上でも特筆すべき成績を残しているが、その土台を築いたのは森コーチである。監督である私が貢献したことがあるとすれば、森をコーチに据え、すべてを任せたことではないだろうか。>

 先発ローテーションの組み方から継投か続投かの判断まで森はピッチャーに関する采配をすべて監督である落合から委ねられた。落合は森が決めたことを追認するだけだったという。
 口では「投手コーチに任せた」と言いながら、いざシーズンが始まると、投手コーチの意見を無視してローテーションを崩したり、リリーフを酷使した指揮官を私は何人も知っている。

 本当に落合は、ただの一度も口をはさまなかったのか。過日、本人に直接会って質してみた。
「事実、全部、僕が決めました。ただ、ブルペンのモニターを見ながら迷っていると、それとなく自分の意見は口にしてましたね。“どっちに代える?”と僕に聞く。“このバッターが出てきたら、コイツを出します”と僕が答える。すると“そうだよなぁ。でもあの左バッターは右ピッチャーの方が苦手なんだよなァ……”とぶつぶつ言っている。自分がバッターボックスに立った感覚で考えているんですよね。ただし、“こうしろ!”と命じられたことは一度もなかったですね」
 監督からここまで信頼されれば、コーチ冥利に尽きるだろう。

 再び落合の著書から引用しよう。
<技術面でも気持ちの面でも、投手のことはよくわからないからだ。それに、選手時代に仕えた監督を見ていた印象として、何でも自分でやらなければ気が済まないと動き回る監督ほど失敗するというものがあった。>(同前)

 落合は20年間の現役生活で、山内一弘、山本一義、稲尾和久、星野仙一、高木守道、長嶋茂雄、上田利治と7人の監督の下でプレーした。この中に反面教師とすべき人物がいたということなのだろう。
 目先の勝利にこだわる監督とピッチャーを管理する立場として酷使を避けたい投手コーチが対立する場面を、私もこれまで何度か見てきた。
 やがて「あの監督の下ではやれない」「あのコーチは言うことをきかない」と不信感は増幅し、内部崩壊に至った例は枚挙に暇がない。それだけ監督と投手コーチの関係はデリケートなのだ。

 落合は森が著した『参謀』(講談社)に「ドラゴンズの8年間で野球界に信頼できる人物を見つけた。私が、またユニホームを着るなら必ず森繁和を呼ぶ」とのコメントを寄せている。その日は、そう遠くないように思われる。

<この原稿は2012年5月20日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

◎バックナンバーはこちらから